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持ち物には名前を書きましょう

 話の途中だったのに動けるなら体を洗ってこいと、トバに風呂場に送り込まれた。  サファテはその間に、飯を作ってくれるらしい。  そんで何故かここに泊まるらしい。  トバは、サファテと何やら話していたけど、今日の仕事の後処理があるといって、さっきギルドへ向かっていった。 「サファテ、風呂あがった」 「髪を乾かせとトバにいわれてなかったか?」 「ぅえ? だって面倒だし、トバいないし、も、いいじゃん」 「よくない」  下だけ服を着て上半身裸で、肩にタオルをかけて台所に行ったら、サファテに渋い顔をされる。  ぶつぶつと口の中で何かをつぶやきながら、サファテがオレを椅子に座らせて、髪を触りはじめた。 「乾かしてくれんの? サンキュ」 「お前は無防備すぎて、どうしていいかわからんな……」  うんざりしたようにため息をつきながらも、サファテの手は優しい。 「けど、トバのいうとおりだ」 「んー?」 「今、お前はオレの恋人ってことになってるけど、それはトバが認めてるからだよな」 「どいうことだ?」  タオルで全体を拭いてから、さらさらと指を通して感触を確かめているみたいだ。  恋人ってことになってるって、サファテがいった。  オレの大事な男が、『てことになってる』って、オレのこといった。 「オレは、サファテの、恋人じゃないの?」 「恋人だ」 「だって……」  ぎゅうっと背後から抱きしめられる。  サファテの存在で包み込まれてるみたいだって思うのに、今ちょっと泣きそうで、唇をかんだ。 「俺が、ちゃんとお前の重しになれと、ハッパかけられた」 「へ?」 「だからちゃんと体をつなげて、お前にそれを実感させろってさ。いつまでも拾われっこみたいに不安げでふらふらしてんのは、俺がヘタレてるからだって」  だから、抱いていいか?  熱い息と一緒に耳に落とされた言葉。  ふるりと体が震える。  怖いって思った。  でも。  サファテの手も震えていて、一生懸命考えて告げてくれたんだって、わかった。 「自分のものには名前書かなきゃだもんな」 「ん?」 「元いたところでは、そういわれるんだ。大事なもの、自分の持ち物には名前を書きましょうって」 「そうなのか?」 「うん」  オレの体の前で組まれた腕に、ぎゅうと抱きつく。 「それは、大事なことを聞いた。じゃあ、俺はルウに自分のものだと印をつけなくちゃいけないな」  あの夏。  オレは生まれた世界を離れて、拾われた。  どうしたらいいのかわからなくて途方に暮れるオレを、ここに連れてきたのはトバ。  どうしたいかと問われて、ここにいることを選んだのはオレ。  大事だといってくれたのは、サファテ。  オレは変わった。  でも、後悔はない。  だってこの変化は、この世界で暮らしていくための、成長だ。  サファテが印をつけてくれたら、きっとオレは落とし物じゃなくなる。  サファテの腕の中で回れ右をして、オレは、ちゅ、とサファテの唇を食んだ。 「うん。印付けて。そんで、オレの名前、いっぱい呼んで」  今はもう、誰も呼ばないあの名前じゃなくて、ここでの。  今の名前を、サファテの声で。 <END>

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