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第3話
「ようし、ステージの準備は大方終わったからお前らは帰っていいぞ」
駅近くの広場は少しずつ祭りの装飾に彩られてゆく。これらの旗や提燈は先程取り付けたものだ。日が暮れてきて、提燈が淡い光を放つ。
週末、ここでは夏祭りがある。
踊りやステージや花火も打ちあがり、ここらの祭りの中では一番規模がでかい。
今日はその準備に里谷 真人 と来ていた。お互い、祖父が祭りの実行委員をしており、毎年手伝いに駆り出されるのだ。
近所の幼馴染の真人とは、小中高と全て同じクラスだ。と言ってもクラスは二クラスしかないので、二分の一の確立で同じになる。幼い頃から何かと一緒にいることが多い。親友というより兄弟の感覚に近いのかも知れない。
「そうだ、これを持って帰ってくれんか。倉庫において置けばいいから」
真人のおじいさんはそう言い、二箱の段ボールを渡した。
「うわ。何が入ってるんだ、重いな。なんの部品だよ、これェ。自転車で来てるってのに、全く」
ぶつくさと真人が呟く。
ちらりと見えた中身は祭りで使った何かの部品だろう。
「一つ持つよ」
受け取った段ボールはずっしり重い。
これは腰にくる。
「おう、ありがとう」
真人は段ボールを自転車の前かごに無造作に突っ込んだ。荒く扱うのでダンボールの角は少し潰れてしまっている。
「そんな扱いをして大丈夫なの」
「これくらい平気さ」
真人はぐっと親指を立て、自転車を押し始める。自転車はカラカラと音を立てた。
「統、やっぱり、段ボールこっちに乗せようか」
ぽんぽんと自転車の後ろにある荷物台を指す。
「いいよ、大変だろ」
だんだんと下にずれ落ちる段ボールをひょいと持ち直す。するとこの間、鉢植えの移動を手伝った時の傷に擦れ、痛んだ。
「っ」
「どうした」
「なんでもない、この前鉢植え運んだ時の傷が少し痛かっただけ」
「そういえば二人で頑張ってたな」
真人は二人が鉢を運んでいた時、部活に勤しんでいた。彼はサッカー部のエースだ。
治りかけていた傷はまた血が滲んでいる。せっかく治っていたのに。
「あ。そういえばさァ、統。最近三ツ谷の事をよく見てるよな」
「へ」
統は自覚がなかったので思わず変な声が出た。
「そんなに、ずっと見てた?」
「なんだ。自覚なかったのか。話をしてる時も、三ツ谷のことをずっと見てるなぁと思っていたし」
気には掛けていたが、そんなにずっと見ていたつもりは無かった。
「そんなに見てたかなー」
記憶を辿るも、彼を見ていた感覚はない。
「しっかし、三ツ谷ってなんかよく分からない奴だよなあ」
唐突に真人が言った。
「そうかな」
「あまり喋らないし、いっつも一人でいるだろう。この前、声を掛けたら速攻、逃げられたんだよ」
「それはお前の顔が怖かったんだろう」
「なんだとー?おい」
彼は面白く、人思いで、お菓子作りが趣味という可愛い一面も持ち合わせた、いい奴なのだが、その強面の顔で初対面の人を度々怖がらせている。
真人は不服そうな顔をして「このやろ」と思いっきり体重を掛けてきた。体格はそこまで変わりないはずだが、力が強い。
それに彼は運動部で、しっかりと体が作られているので統は簡単に押し負けてしまう。
「多分さ、人見知りなんだよね、彼は。頑なに目線を合わそうとしないのも珍しいよね」
統は倒れそうになった体を起こしながら言った。
「俺もよく逃げられるもん。彼と会話するのもすごく難しいよ。担任が言わなかったらこんなに彼に気をかけることも無かっただろうな」
統がそう言うと真人は首を捻る。
「でも、統を見ていると、担任に言われたから付き合ってやってる、という風には見えないけど」
真人から発せられた言葉に統は唖然としていた。
「統は三ツ谷と仲良くなろうとしているんだと思ってたけどな……きっとその方がいいよ。ようし。俺もまたアイツに声掛けてみるか」
と真人は一人で気力が漲っていた。
秋夜と仲良く……。
幾ら頑張っても彼と仲良くしている自分が想像つかない。
でも、確かに最初は担任に言われて秋夜を気に掛けていたが、最近は担任に言われたことは意識していなかったかも知れない。
話をしながら歩いていると、いつの間にか別れ道に差し掛かっていた。
「段ボール、乗せていいぞ」
「家まで持っていくのに」
「もう近くだし大丈夫だって。ありがとう」
荷物を自転車に乗せる。真人は絶妙なバランスを取りながら「じゃあな」と帰っていった。
真人と別れ、石を蹴飛ばしながら、川沿いの道を歩いていた。力いっぱい蹴った石は変な方向へ飛んで行き、叢の中へ消えていった。
夏風が叢を揺らしている。
「ふう」
ふいに川辺に視線を向けると、その夏草の上に寝転んでいる秋夜の姿を見つけた。
秋夜……。
統は秋夜の隣に静かに腰を下ろす。様子を窺うと、彼は眠っているようだった。
相変わらずシャツから伸びる肢体は細く、白い。陶器のような、透き通った白さを持った肌は体温を感じさせない。思わず生きているか疑ってしまう程だ。
前髪を左右に除けると、綺麗な顔が露になる。そのきめ細かな肌には長い睫毛の影が落ちている。
先程、真人に言われた事を思い出して妙に意識してしまうな。
アイツの言うように秋夜と本当に仲良くなりたいと思っているのかも知れない。担任に言われてというなら、今ここで彼に関わる必要はない。
だとしたら、それはいつからの事なのか。実は最初からそうだったのだろうか。
眠っている秋夜はまるで……――。
統は秋夜の胸に耳を当てる。
周りに人がいない訳でもないのに。側から見たら変に思われるだろうか。
そこには確かな心音が律動を刻んでいる。規則的なその音はとても心地が良い。
統は目を閉じて、暫くその音を聴いていた。
「ん……。なに」
秋夜の声に、統は咄嗟に顔を上げる。
彼は起きたばかりで、何が起きているのかまだ理解できていない様子だった。
「なに、してるの」
秋夜は怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「心臓の音をね、聴いてたんだ」
「……」
無言だったが、秋夜の頭に疑問のハテナが浮かんでいることは見て取れた。
「どうして、心臓の音なんか……」
理由を問われると弱る。
さすがに生きているか確かめていたとは言えまい。
「なんで、かな。ははは」
笑って誤魔化す作戦に出る。
「なんでかなって……おかしな奴」
秋夜は遠くを見詰め、笑いながら言った。でも表情は笑っていない。
「ぼくの心臓の音はちゃんと鳴ってた」
統はどきりと心臓が鳴った。
「うん。当たり前だろう。生きてるんだから」
「そうだね」
川に映った夕日が蕩揺している。それを眺めるだけの時間が暫くあった。
「やっぱり変だよ、面白い」
秋夜は川に向かって笑いながら、呟いた。
「相崎くんって、なんかおもしろいね」
今度は表情も笑っている。
笑っているところを見たのは初めてだった。彼が笑っているのは何だか嬉しい。
「笑えるじゃん」
統が言うと、秋夜は自分でも驚いたようだった。
意外な場面だ。今まで、彼には人と仲良くする気はないのだと思っていたが、案外、人見知りだっただけなのかも知れないと思った。
「ねえ、統って呼んでよ」
少し間があって、
「うん、……統」
秋夜は優しく応える。
そんな秋夜の表情に統はどきりとさせられる。
それは、普段の表情との差異に影響されているからなのか。
体温が上がる。
そんな秋夜に惹かれている。
統は、このような好意を人に持つこと自体初めてだった。この気持ちをなんと呼んでいいのか、まだ分からない。
これは友情か、それとも――。
統は誰にも聞こえぬように呟いた。
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