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第5話
祭り当日。まだ早い時間なのに多くの人がステージ前で場所取りを始めている。例年より遥かに多い人の数だ。
統は疑問に思い詳細を確認すると、どうやらゲストに有名な芸能人が来るらしい。
それでこの人の多さなのか。
統は時計を確認した。現在、一時。ステージが始まるのは二時間後。
「サボらないで準備進めとけよォ。じゃあ、暫く任せる」
祖父はそう言うと本部の方の仕事に向かった。
「統、野菜運ぶの手伝ってくれ」
「はいはーい」
人が集まりだしている会場となる広場で、真人と二人で準備を始める。露店の直ぐ裏に止めてある軽トラから野菜のぎっしり詰まった段ボールを運ぶ。この野菜たちは祖父が作ったものだ。毎年出しているこの焼きそばは案外売り上げも良く、人気らしい。
「今日も暑いな」
「夏だからなー」
真人は統の運んだ野菜を段ボールから取り出しながら、いい加減な返事をする。
気温に加え、多くの店で火を使うので更に暑い。
他の店の準備も着々と進められ、あちこちからいい匂いが漂ってきた。
統は準備を進めながら、秋夜の姿を探す。しかし、この人の多さである。
果たして見つけることはできるだろうか。
「統、そこの段ボールの中に……って、どうしたの、そんなきょろきょろして。誰か探してんのか」
真人は作業する手を止め統の隣に来た。
「ウーン。昨日さ、秋夜に祭り来ないかって誘ったんだよ」
「へえ、仲良くなってるんだ。待ち合わせでもしてるの」
「いいやぁ、来るか分からないんだけどね」
「なんだよ、それ」
真人がつっ込む。
そうだ、待ち合わせをすればよかった。
今の段階では祭りに来ているかどうかも不明だ。
「まあ、来てても分からないかもなァ。だって、この人の多さだ」
真人は「ほら」と目の前の通りを指した。
いつの間にか露店の周りには人集りができていた。浴衣姿から、踊りの人達だろう、法被姿の人もいる。
同級生や先生も通りかかった。
この広場がほとんど埋まってしまう人の数だ。
「こりゃあ、大変だな」
この人の中から秋夜を見つけ出すのはやはり難しいかもしれない。
統が予想以上の人に驚いていると、祖父が戻ってきた。
「さあ、どんどん売るぞ。二人はパック詰めと受け渡しだ。頼んだぞ」
統は頬を叩き気合を入れた。とにかく今は手伝いが先だ。
一人目の客が来ると、それを皮切りに直ぐに長い列ができた。客を捌きながら秋夜を探そうと思っていたのだが、今はそれどころではない。
「すみません、焼きそば三つ」
「はーい。九百円です――」
果てしない商品の受け渡し。
しかし、本当に人気なんだな、この焼きぞば……普通に見えるけど。
パックに詰められた焼きそばに視線を落とし思った。
人の波は暫く続いたが、ステージでイベントが始まると、人はそちらに流れていった。
「ふー」
ようやくひと段落つき、息を整える。
「統、三ツ原を探してきなよ」
真人は焼きそばを片手に言った。
「いいの」
「落ち着いてきたし、大丈夫だろう。あとは俺がやる」
「ありがとう」
統は奥に置いていた鞄から幾分か金をポケットに突っ込み出店を後にした。
会場を一通り見て回ってみたが、秋夜の姿は見つからない。果たして秋夜は祭りに来ているのだろうか。この人の多さだ。秋夜と一緒に見て回りたかったが、きっと見つからないだろう。
探すのを諦めて戻ろうとした時、商店街の方で踊りが始まった。明るい曲が聞こえてくる。
折角だから踊りを見てから戻ろう。
沿道まで来て見ると踊り手達が連なり踊っている。地元に古くから伝わる踊りだ。統は、小学生の時に一度踊ったことがあった事を思い出した。
大勢の人達が踊りに目を向けている。既に人集りが出来ていて、後方からだとよく見えない。統は群集の隙間を縫って前方までやって来た。ここからだと踊りがよく見える。
連なる踊りの列を目で追っていると、反対側の沿道の人集りの中に秋夜の姿を見つけた。
やっぱり来ていたんだ。よかった、見つかって。
「あ、とき……」
声を掛けようとして、統は戸惑った。
秋夜は踊り手達に穏やかな笑顔を向けている。その姿を見て、統は息を呑んだ。
心臓を掴まれたようだった。
高鳴る鼓動は止まらない。体温が上昇してゆくのも感じる。
統はその場に立ち尽くしていた。
沢山の人の中で秋夜の姿だけがはっきりと、色濃く見える。こんな感覚は初めてだ。
秋夜に対する不思議で複雑な感情が急激に込み上げてきた。
今まで蓄積してきた想いはその一瞬で溢れ出した。それに栓は無く、ただ溢れるばかりだ。
統は急いでその場から離れ、近くの露店で水を買い、一息付いた。秋夜の表情がまだ脳裏に残っている。
顔に一気に熱が登る感覚がある。
そして、統は自分の気持ちを改めて自覚した。
秋夜が好きだ。好きなんだ。
深呼吸をして一度心を落ち着かせる。
「秋夜」
反対側の沿道に回り、まだ踊りを眺めていた秋夜に声を掛ける。
統は必死に心を落ち着けて、何事もないように振る舞う。
「あ、統、人が多かったから見つからないかもなって思ってたよ。よかった」
秋夜は明るい声で言った。
「ゲストに芸能人が来るみたいだからなあ。さっきクラスの奴らも見かけたよ。明日は芸能人見に来ていたかどうか訊かれるだろうね。しばらくこの話題で持ち切りさ」
秋夜は、ふふ、と柔らかな声で笑う。
会話をしていると、そこで音楽が止んだ。
『ここで三分の休憩に入ります。飛び入りでの参加も大歓迎! 参加される方は踊り連後方にお集まりください』というアナウンスが入る。
「飛び入り参加歓迎だって。踊ってみる?」
「いいよ、踊り分からないし」
「自由に踊ればいい。大丈夫。前に踊ったことあるんだ。教えるからさ、行こうよ」
「うん」
と頷いた秋夜の手を引いて列に入った。
突然のことに最初は戸惑っていたようだったが、慣れてくると楽しそうに踊っていた。明るい曲につられて自然と笑顔になる。
祭りに誘って正解だったな。
「今日は、誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「そうか、それなら、よかったよ」
半歩前を歩く秋夜の横顔は普段より明るく見える。
秋夜に、少しずつ笑顔が増えてきた。それは統にとっても大変喜ばしいことだ。
「あっ」
前を歩く秋夜は道の窪みに足を掛けて転びそうになった。
統は、倒れそうになる秋夜を後ろから抱え込むようにして受け止める。
ふいに秋夜を抱きしめる形になり、心臓がどきりと鳴った。
必然的に顔の距離が近くなり、意識せざるを得なかった。頬を紅潮させる秋夜を見て互いの想いは共通していると確信した。
だが、秋夜は直ぐに身体を離してしまった。
「そろそろ、帰るね」
そう告げた秋夜のその表情はさっきまでと違い、どこか哀愁を帯びている。
彼は困ったように眉を顰めた。
また、だ。
何が彼をそうさせるのだろう。
哀しげな表情を見せる彼をどうしてあげたらいいのか、統にはまだ分からない。彼がそのような顔をする理由も分からないのだ。
秋夜のことをまだ全然知らない。
「待って」
統は秋夜の腕を掴んだ。
すると、その目に光るものが見えた気がした。でもそれは気のせいだったようだ。
「どうしたの」
「あ、いや。急に、ごめん」
統は握っていた手を離した。
「秋夜が苦しそうな顔をしていたから……」
秋夜は下を向いたまま「そんなこと、ないよ」と嗚咽を堪える様な声で言った。
顔を覆ってしまった腕を退けると、目尻が少し濡れていた。もう直ぐにでも溢れそうになっている。
「ごめん」
「違う……統は悪くないんだ」
声が震えている。
「統が大切な存在になっていくのが怖いんだ。いつか失うくらいなら最初から関係を作らない方がいい。もう、終わりにしないと、苦しくなる」
そう告げると、秋夜は踵を返し、走って行ってしまった。
統はその場に立ち尽くし、どうしたら良かったのだろう。と自己嫌悪に陥る。
統は追いかけることが出来なかった。
そのあと仕事に戻るも手に付かず、真人に任せきりだった。その上、心配まで掛けてしまった。
疲れきった身体は鉛のように重く布団に沈む。
その夜、統はぐるぐると悩んだ。
秋夜に何があったのだろう。悩んでも悩んでも、それは分からないことだ。
また彼は一人になってしまうのだろうか。
統は日付が変わった頃、ようやく眠りについた。
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