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番外編『二人の季節』1

 そういえば、最近、蝉の声が聞こえなくなった。  そのことに気が付いたのは、秋夜と並んで帰宅している時だった。二人の間を抜けてゆく風は少し肌寒く、気が付けば秋の訪れを感じる。ついこの間まで、かんかんと照りつけていた日差しは、今は穏やかに町を照らす。  統は少しずつ、季節は巡り、時が流れていることを実感する。  最近は朝晩が肌寒くなり始め、学校ではもうすぐ文化祭を控えていた。  統と秋夜は学校から川沿いの道をゆっくりと二人で歩いて帰宅する。  季節の流れって、案外早いもんなんだよな。  そんなことを考えていると、ずっと沈黙していた「ねぇ」と秋夜が話を切り出した。 「あの……」  秋夜は躊躇いながらも話し始める。 「今度の週末、うちで一緒に食事……をしない?」  秋夜は俯きがちに尋ねた。  先程から、こちらの様子を伺ってるようでずっと疑問に思っていたのだ。  それはこの為だったのか。 「うん、いいの?」  秋夜からこういう誘いがあるとは思っていなかったので、統は驚きながらも、とても嬉しく思った。 「おばあちゃんがね、料理を作ってくれるんだって。すごく美味しいから、統と一緒に食べたいと思って。おばあちゃんも、統を誘えばいいよって言ってくれたし」 「いいね。楽しみにしとくよ」  照れながら話す秋夜の横顔が夕日に照らされている。  それを見て、統も思わず笑みが溢れた。 「その時、ケーキも食べようね」  そう言うと、秋夜はコクン、と笑みを浮かべて頷いた。  今度の週末。  カレンダーには秋夜の誕生日としっかり書き込まれている。これを書いたのはもう先月のこと。  付き合うようになって、お互いのことをいろいろと知り始めた。  誕生日や好きな食べ物、趣味。  これらは小さなことではあるけれど、どれも大切なことだ。  今までに恋人の誕生日に何かをしてあげるという経験がなかったので、統は誕生日に何をしようかとここ一、二週間ずっと考えていた。  ここらで出来ることといってもたかが知れているし、何か特別なことをするべきなのか、シンプルに想いを伝えて細やかに祝う方がいいのか。それも分からなかった。   迷いに迷っていたのだが、秋夜の家で食事をご馳走になるのなら、統はプレゼントを用意するしかない。  しかし、そのプレゼントもだ。  秋夜へあげるプレゼントは何を買えばいいのだろう。  期限はあと五日。これまでになんとか用意をしなければ。  次の日、学校では午後の時間を使って文化祭の準備が着々と進められていた。 「なぁ、真人」 「なんだ、急に」  二人はクラスでやる劇の大道具係に任命され、空き教室を使ってせっせと背景と看板作りを進めていた。床には合計十枚の板が並んでいて、大道具係の五人で作り上げなければならない。最低でも一人二枚は描くことになる。 「あのさ、普通恋人の誕生日には何をあげるべきだと思う」  統は小声で真人に尋ねた。  秋夜と付き合い始めた時、真人には一番最初に報告をした。秋夜と報告するかは迷ったが、身近な人たちには言おう。と言う方向で固まった。  秋夜と揃って真人に伝えた時に返ってきたのは「だろうと思った」という言葉だった。それからは秋夜も真人とも話すようになり、今ではクラスの面々とも仲良くしているようだ。  それからは何かとあれば真人に相談をしている。 「知らないよ」  真人から帰ってきた言葉は冷い。  何事もなかったかの如く、手を動かし続けている。 「もう少し考えるの手伝ってくれよ。真人も恋人がいるし。どんなのあげてるか参考にさせてよ」 「お菓子とか作るけど。相手が甘いものが好きだからさ。でも俺のを聞いても参考にならないだろ、秋夜に合わせたものあげなきゃ意味ないんだし」  確かに真人の言うことは正しい。  それに統は料理は壊滅的に下手だ。出来ることといえば野菜づくりとピアノくらいだ。 「でもさ、恋人にあげる定番みたいなのとかは? どう思う」 「普通なんて人それぞれだし、統が考えるしかないよ」 「そうですよね……」 「で、それで何日悩んでるわけ?」 「誕生日に何してあげようか考えてたのも含めたら二週間くらい」 「ふっ、好きだねぇ。秋夜のこと」  真人は照れる統を見ながら笑っている。 「まぁ、気持ちでしょ、結局はさ。プレゼントなんて気持ちを伝える手段のひとつなんだから、物をあげるのが本来の目的ではないでしょ」  真人はまた手を動かしながら話す。  思いを伝える手段か、確かにそうだ。  いつの間にか、物をあげるということに考えを持っていかれていた。でも本当の目的は気持ちを伝えることだったな。  危うく本来の目的を見失うところだった。 「そうだね……あ!」  統は真人のその言葉でひとつ、自分の気持ちを伝える方法を思いついた。  これなら秋夜も喜んでくれるだろうし、自分の気持ちを伝えることも出来る。 「お陰でいいこと思いついたよ、サンキュー、さすが恋愛マスター」 「恋愛マスターって……ま、それなら良かったよ。それよりさっさと終わらせようぜこれ」  真人は目の前の看板を指差す。  他の人たちはもう完成に近づいてきているというのに、目の前に置かれた板はまだ半分も色が塗られていない。  それどことか下書きすらまだ終わっていない。  どうやらかなりやる気を出さないとまずいようだ。

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