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第1話「紅祢は運命の番に助けてほしいと願った」

葉月紅祢(はづきあかね)、12才は薄暗い蔵のなかで膝を抱えている。 この蔵の中から出るのは週に一回掃除をする時くらいだが、使用人が怒られることがないように外に出ても蔵の外で座っているだけだ。 使用人たちは気にかけてくれて、食事に困ることはないし、最低限の衛生環境は維持されていた。 たまに家族がやってきて殴ったり蹴ったりされるが。 政略結婚をすることを一応見越して辱しめられたことはない。 紅祢のこの生活が始まったのは八歳のときだ。 その前も多すぎる子供の一番下として使用人以外に構えてもらえたことはない。 使用人が愛情深く育ててくれたことは幸運だったかもしれないが。 八歳のとき大分早い発現を迎えた。 それは普通の大人オメガの発情期に比べると薄いものだったが、アルファはすぐに感づくものだった。 だから、家の迷惑にならないようにすぐ簡易なトイレとシャワーだけつけられた蔵に閉じ込められたのだ。 他のオメガの姉や兄部屋は専用の離れや屋敷をあたえられたりしたのに。 やはり、紅祢は要らない子だったのだと、その時彼は明確にさとったのだ。 発現してから見る夢に引きずられていたのかもしれないが。 発現してから、発情期がおこると自分によく似た人の夢を見るようになっていた。 起きると断片的にしか覚えてなくて、しかし少しの幸せな気持ちとと喪失感だけがのこった。 蔵に閉じ込められてから目に見えてアルファの家族のストレスをぶつけられるように殴る蹴るの暴力を受けるようになった。 将来、万が一にも政略結婚に使えるようにか顔を殴られることや、辱しめられることはなかったが。 それからは他の家族に隠れて使用人を通じて本や手紙を差し入れてくれるオメガの兄や姉と使用人、そして辛い終わり方をするが幸せもある断片的な夢が唯一の拠り所となった。 でもいつも蔵の格子戸から、そして掃除のときに外に出たとき、空を飛ぶ自由な鳥を見て願わずにはいられなかったのだ。 誰か……運命の番が自分を助け出してはくれないのだろうか、と。 そんなこと夢のまた夢だと言うことはわかっていた。 膝を抱えて今日も蔵の格子窓を眺めながらねがっていた。 そんな日々が続いたある日のこと。 その日は、発情期を起こした紅祢が布団のなかで縮こまっていた。 発情期は週一の掃除も中断され、蔵の一ヶ所にあいた外からしか開けられない窓から必需品と食事が入れられるのみにになる。 発情期のときはあつくてどうしようもなくて。 紅祢はずっと布団のなかで自分の体をだきしめているしかない。 そのうつつで彼はまた夢を見ていた。 その日は夢の最後に泣いていた少年が出てきたことを思い出してふと目をさました。 そして、蔵の前のあたりからいいにおいがした気がした。 蔵の前でなにか喋り声が聞こえる。 何回か押し問答した後、鍵を開ける金属音がして蔵の扉が開かれた。 紅祢はぼんやり目を開けた。 光の向こうに黒い人影が見える。 人影はゆっくり紅祢に近づいてくる。 そして、人影は紅祢の目蓋にやさしく手をおき 「やっと……見つけた。 まずはゆっくりおやすみ『ーー』さん」 その声と手の暖かさなぜかに安心して紅祢はまた眠りについた。

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