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第6話 ネガティブ勇者、一人部屋を貰う
無駄に長い廊下を進み、美しい彫刻の施されたドアを開けた。
勇者用に用意されたその部屋は、まだ召喚される勇者が男か女か分からなかったこともあり必要最低限の物しか置かれていない。
それでもナイには十分すぎるくらい立派な部屋だった。むしろ立派すぎて落ち着かない。壊したら首を刎ねられるんじゃないかと心配になりそうなくらい高そうな調度品の数々。
この部屋を自由に使っていいと言われても、今まで狭い押し入れで寝ていたナイには手に余るものばかりだ。
「ナイ様。何か必要なものがあったら遠慮なく仰ってください」
「え、あ……はい……」
「それから、お食事はいかがなさいますか? ナイ様もお疲れでしょうから、お身体の負担にならないようお部屋に軽食を用意させますよ」
「あ、ありがとうございます」
「ええ。もしお口に合わないものがあったら言ってくださいね。それからお着換えなども用意させます。ナイ様は普段どのようなものをお召しになっているのでしょうか?」
「え……あの、普通にTシャツとジャージとか」
「えっと……てぃーしゃつと、じゃーじですか? 申し訳ありません、ちょっとお聞きしたことのない言葉で……」
「え? あ、……そうなんだ。そうですよね、普通に言葉通じてるから忘れてたけど……異世界ですもんね……えーっと……こう、T字の布一枚の服のことを言うんだけど」
ナイが手でTの形を作り、説明する。ジャージに関しては言葉だけで説明できないので動きやすい生地で出来たズボンとだけ伝えた。
「なるほど。つまりは肌着のようなものですね。今度、ナイ様の世界のこともお聞かせくださいね。異世界のお話、興味あります」
「あ、はい。僕に分かる範囲で……」
「では、私は衣服やお食事のことをメイドに伝えてきますね。ナイ様はゆっくりしててください」
レインズは小さく頭を下げ、部屋を出ていった。
異世界に召喚されてから初めて一人だけになったナイは、改めて周りを見渡す。
元々住んでいたマンションの2LDKの間取りが丸まる収まりそうな部屋。
一人で使うには大きすぎるキングサイズのベッド。
高い天井に、キラキラ輝くシャンデリア。
元の世界のようにスライドさせて開ける小さな窓と違い、西洋のお城によくあるバルコニーに続く大きな両開きの窓。
落ち着かない。ナイは広すぎる部屋で何をしていいのか分からず、無駄に歩き回ってみた。
ベッドにも腰を下ろしてみたが、ふかふかすぎてこれもまた落ち着かない。
「なんで金持ちって無駄にスペース作りたがるんだろ……機能性とか考えないのか?」
ぶつぶつと呟きながら、クローゼットのドアを開けた。
まだ何も置かれていないそこは、ナイから見れば十分広いがこの部屋に比べれば小さな方だ。
所謂ウォークインクローゼット。ナイは中に入り、隅っこに腰を下ろしてひと息をついた。
「……ふぅ」
壁にもたれかかり、靴を脱いで足を伸ばす。
海外のような土足の文化は日本育ちのナイには馴染みがなく、部屋の中でずっと靴を履いてるというのはどうにも落ち着けない。
小さな解放感に満足し、ゴロンと体を横に倒した。
これから、どうなってしまうんだろう。
勇者になってしまった。大勢の前でやりますと言ってしまった。言わざるを得なかった。
ナイの目には再び涙が浮かぶ。
怖い。右も左も分からないこの世界で暮らしていけるかどうか。自分の常識が通用しない異世界で生きていけるのかどうか。勇者としての役目を果たせるのかどうか。
何一つ、自信ない。
「……いっそ、夢のままでよかったのに」
あの何もない空間のまま、目が覚めなければ良かった。
正直、この世界の方があの家にいるよりマシかもしれない。だが、また別の不安がこの世界には多々ある。
期待されず蔑まされるだけの世界から、身の丈に合わない期待を強いられる異世界に来てしまった。
「……戦いに出て、魔物に倒されればいいかな」
戦いに出て死んでしまえば、もう何に悩まされることもない。
そうすれば、今度こそ楽になる。
「……戦死、できるのかな……この体」
ナイは防御に特化している。死ねるほどダメージを受けるのは相当厳しいかもしれない。
そうなると、言われた通りに魔王を倒し、その後は小さな家でも用意してもらって平々凡々と暮らしていければいいかもしれない。勇者として呼んでもらったのだから、それくらいの要求をしても罰は当たらないだろう。ナイは今後に小さな希望を見つけようと色々考える。
異世界に来たのだから、少しは前抜きな考え方をしてもいいだろう。ナイは気が抜けたのかそのままうとうとし始め、意識を深い闇の中へと落としていった。
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