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第10話 ネガティブ勇者、魔法を知る
宝剣の話をしたことで露骨に落ち込んだ様子を見せるナイに、レインズは優しく笑みを浮かべてそっと肩に手を置いた。
「私にもまだまだ分からないことばかりです。明日、またテオ様のところへ行くつもりなのですがナイ様もご一緒にどうですか?」
「テオ、ってあの女の子……?」
「ええ。確かにまだ幼い少女ですが、あのお方は先祖の記憶を引き継いでおられるのです。なので精神年齢は何百歳、いえ何千歳といったところですかね」
「す、凄いですね」
「はい。この世界中で一番古い歴史を知り、守っている大賢者様なのです。なので歴代の勇者様のこともご存じです。私がそのことを聞いても教えてくださらなかったのですが、ナイ様にならお話してくださるはずです」
レインズが手に持っていた本を閉じると、浮かび上がっていたモニターも消えた。
どういう原理なのだろうとナイの視線がその本にいってることに気付いたレインズは、そっと微笑んで手渡した。
ナイは自分の気持ちに気付かれたことに少し恥ずかしくなったが、好奇心には勝てない。
本を受け取ってパラっとページを捲ってみた。だがレインズがやったように本が光ることもなかった。
首を傾げながら本を捲ったり閉じたりを繰り返してるナイに、まるでオモチャを手にしたような子供のようだとレインズは彼に気付かれないようにクスっと笑みを零した。
「これは魔術の本なのですよ。魔力を込めることで、この本に書いてあるものを先ほどのように映像として具現化出来るんです」
「へぇ……僕も出来る?」
「勿論です。ナイ様ならすぐに出来ますよ。この本に手を乗せてください」
ナイは言われた通りに本の表紙の上に手を乗せた。
「目を閉じて。自分の中にある魔力を感じ取ってください」
「魔力……?」
「分かるはずです。貴方の中にある力が」
ナイは目を閉じて、深く息を吐いた。
自分の中の力。そう言われても具体的にどういうものは説明してくれないと分からないと思いながら、意識を集中させる。
ピクっと指先が無意識に動いた。
真っ暗な中に、何かが見えたような気がしたからだ。
自身の胸のあたりに、何か暖かいようなものを感じた。
これが魔力だろうか。ナイはその何かに手を伸ばすイメージを浮かべる。
「そうです。それが貴方の魔力です」
自分の魔力。それに触れた瞬間、肌の内側から何かが溢れ出るような感覚がする。
何が起きているのか分からず、ナイは少し怖くなった。
「っ、うわ!」
「落ち着いて。その力を丸めるイメージを作ってみてください」
「う、うん」
ナイはギュッと目を閉じて、溢れ出す力を丸にするイメージを頭に浮かべる。
丸く。丸く。おにぎりを作るようなイメージを頭に描く。
ゆっくりと全身から噴き出すような力は抑えられ、胸の中心にその魔力を圧縮させていった。
「そう。上手です」
「……で、できてる?」
「ええ。ナイ様は魔力操作が上手いですね。その調子でこの本にだけ魔力を込めてみてください」
「……うん」
ナイは目を開けて、本の上に乗せた手に魔力を込めていく。
大事なのはイメージ。
胸の中心に集めた魔力を、掌に移動させる。
ジッと手を見つめて、そこに熱が宿るように。
「先ほど、私が見せたページを覚えてますか? それを思い出して、頭に浮かべてください」
「うん……」
さっき見たものを、そのまま頭に浮かべる。
チリチリと頭の奥が熱くなるのを感じると、パラパラと本が光り出して勝手に捲れていった。そしてレインズがさっき見せてくれたように、光の板が宙に浮かんで地球儀のようなものが映し出された。
「で、できた!」
「素晴らしいです。ナイ様は呑み込みがとても良いですね。きっとすぐに様々な魔法が使えるようになりますよ」
「そ、そうかな」
初めての魔法。
ナイはじんわりと温かさが残る掌を見つめて、生まれて初めて楽しいという感情を芽生えさせた。
だけどナイは今まで何かを楽しむということをしてこなかった。だからその感情がなんなのか、ナイ自身は気付いていない。
今はただ、ドキドキと高鳴る胸に戸惑うばかり。
それでも元の世界では得ることのなかった高揚感は、決して悪いものではなかった。
「本当に、この世界は魔法があるんですね……」
「ええ。ナイ様の世界にはありませんでしたか?」
「……うん。そういうのは、全部フィクション。作り物の中だけだったから」
もし魔法があったら。
そう考えたこともあった。だけどナイにはそんな夢を見る余裕すらなかった。常にナイは心を殺すことだけを考えていた。夢を見たって、現実との差に悲しくなるだけ。虚しさを覚えるくらいなら、何も考えない方がいい。それがナイにとっての当たり前だった。
「作り物、というのは空想上のものだったってことですか?」
「……はい。絵本とか漫画とか、おとぎ話の中のものって感じで」
「へぇ。ナイ様の世界にはどんなお話があったんですか?」
「え、どんなって……色々ありましたよ。子供に聞かせるような童話とか、漫画とか」
「漫画、というのは?」
「えっと、絵で描かれた物語? 僕は買ってもらったことがないから図書館にあるものしか読んだことはないけど」
自分の世界で当たり前にあった物を改めて言葉で説明するのは少し難しい。
ナイは自分が読んだことのある漫画の内容をザックリと説明しながら、少年漫画や少女漫画など様々なジャンルがあることをレインズに教えた。
同級生よりも流行りのものに触れる機会が極端に少なかったので知識としては浅いが、存在すら知らないレインズには十分な情報だった。
「それは面白そうですね。この国にはない物です。私も本は好きで読みますが、この世界にあるのは文字だけで書かれた小説だけですから」
「漫画は知らないのに、小説って言葉はあるんだ……」
ナイは通じる言葉とそうでないものがあることに疑問を抱いたが、無理もない。
本来、この世界に漫画や小説という言葉はない。それが通じているのはナイがこの世界に召喚されたときに与えられた自動翻訳というスキルのおかげだ。これのおかげでナイの耳にはこの世界の言葉が全て「ナイが解る言葉で」変換されて聞こえている。
そしてナイの発する言葉もまた同様に、相手に解る言葉に変換されて聞こえている。だから知らない単語でも通じるようになっているのだ。
だがナイはそんなこと知らない。召喚のときの言葉など覚えていないからだ。だから素直に自分の世界の言葉が通じるんだと思うだけである。
「ナイ様の世界にはそういった文化があるのですね。我が国でも取り入れたいものです」
「はぁ……」
ナイの話に目を輝かせるレインズ。
何にでも興味を示し、何にでもプラスに考えられる彼が羨ましいとナイは思う。
他愛ない話をしているだけでも、レインズの前向きな姿勢が窺える。普通に接しようとするナイだが、どうしても彼に対する居心地の悪さだけは消えない。
純粋な優しさを向けてくれているだけに、余計にそう思ってしまうのだろうか。
それでも、彼の優しさを失いたくはない。
必要とされたい。
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