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第24話 ネガティブ勇者、焦る
翌朝。
ナイはいつものように朝早くに目を覚ました。
洗面台で顔を洗い、着替えを済ませておく。
まだ誰も起きていないのだろうか。耳を澄ませてみても、何の音も聞こえない。ここは街のある方とは反対側にある部屋なので、余計に静かなのだろう。
やることがないナイは、ベッドに腰を下ろして気持ちを落ち着けた。
そして目を閉じて、魔法の復習をする。今ナイに出来るのは魔力で本のページを具現化することと肉体強化。もっと自分の魔力を制御できるようになれば、新しい魔法も覚えられる。
暇な時間をただボーっと過ごしているだけでは勿体ない。
ナイは溢れ出る魔力を自分の意志で自在に扱えるようになるよう、まずは精神統一をした。
雑念があれば、魔力が乱れる。
自分の中の大きな力をちゃんと制御したい。無心になるのが得意だったナイは、余計なことを考えることもなく楽に頭の中を空っぽにした。
心を落ち着かせれば、自分の中の魔力だけを感じることが出来る。それをどうイメージするかで制御する方法も変わる。
ナイは最初に教わったように、丸くするイメージを浮かべた。
真ん丸に。風船に空気を入れていくように。
「……ふう」
体から溢れ出る魔力を胸の中心にまとめる。
イメージ通りに出来たことに安心し、ナイは目を開けた。
あとはこの集めた魔力をどうやって魔法として扱えるのかを教わらなきゃいけない。
とにかく暇なときは精神統一をやろうとナイは決めた。
コンコンとドアがノックされ、アインが「飯だ」と声を掛けていつものように食事のワゴンとテーブルとイスを運んできた。
今日もナイの体を気遣ったスープと粥。それから栄養重視したジュース。
こうして毎日ちゃんとした朝ごはんが食べられることに、ナイは感謝しかなかった。
「あ、ありがとう」
「別に。これくらいは普通だ」
テーブルに食事を並べていると、きっちりと身支度を整えたレインズが部屋に来た。
アインは深々と頭を下げて朝の挨拶をし、レインズも笑顔で返す。
「おはようございます、ナイ」
「お、おはよう、ございます……レイ」
呼び名が変わったことに、アインはピクリと反応したが言葉を控えた。主人が何も言わないのに、自分が口を出すわけにはいかない。
だがいきなりレインズを愛称で呼んでいるのは、少々面白くない。
「よく眠れました?」
「は、はい。部屋、ありがとうございました」
「いえ。何かあれば遠慮なく仰ってくださいね」
笑顔でそう言うレインズに、ナイは小さく頭を下げた。
二人は席に座り、朝食を取る。
ふと、ナイは思った。王子であるレインズがこんな部屋で食事をしていていいのだろうか、と。
普通、王子様は大きな食堂で無駄に長くてデカいテーブルに他の家族と一緒にご飯を食べているイメージがナイにはあった。
しかしレインズはナイが来てからずっと一緒に食事を済ましている。王様は何も言わないのだろうか。初日に謁見して以来、一度も会っていないが大丈夫なのだろうか。ナイは少しだけ不安になった。
「あ、あの、レイ」
「なんですか?」
「お、王様とは……一緒にご飯、食べないの?」
「父と? ナイは父と食事を共にしたかったのですか?」
「ち、違う。そうじゃなくて……レイが、親と一緒じゃなくていいのか、って……」
危うく勘違いされそうだったので、ナイは慌てて言い直した。
その問いに、レインズは少し困ったように笑い、言葉を選ぶように答える。
「そうですね。昔は家族揃って食事をしていたのですが、今は父も忙しくて殆どすれ違いのような状態なんですよ」
「そう、なんだ」
「ええ。基本的には外交などで城を空けることもありますので」
「……王様って、ずっとあの玉座にいるものだと思ってた」
「まさかそんな。一国の王が椅子に座ってるだけなんてあり得ないですよ。毎日仕事に追われて大忙しなのですから」
ナイのイメージがまた一つ変わった。
今まで図書館で読んできた物語の王様は召使なのにあれをやれ、これをやれと命令してるようなものが多かった。そうでないものも当然あったが、やっぱり城にいて玉座にふんぞり返ってるイメージが強い。物語の主人公が訪ねてきたときは必ず王の間にいるものだったから。
「ですが、何故急に父のことを?」
「え、えっと……王子様は、王様とか、お后様と一緒に豪華なご飯食べてるイメージだった、から」
「なるほど。まぁ、間違ってもいませんね。今は魔物が多く、その対処に王も忙しくされているのでともに食事を取る機会は減りましたが、幼い頃は家族で食事をするのが当たり前でしたから」
「魔物……」
ナイは口に運ぼうとした匙をぴたりと止めた。
勇者である自分はまだ魔物一匹倒せていない。そのために呼ばれたはずなのに。
実戦も出来ず、基礎訓練を始めたばかりでこの国に貢献できるようなことがない。
どうしよう。ナイの気持ちは焦り出す。こんなモタモタしてていいのだろうか、と。
「ナイ。大丈夫ですよ」
「え……」
「これは元より我が国の問題。それを国の者が対処するのは当たり前のことです。本当ならナイには関係なかったこと。そんな無理を強いているのは我々なのです。どうか気に病まないでください」
顔に出ていたのか、レインズが心配そうな表情でそう言った。
それでもナイの心は落ち着かなかった。胸の奥で、ざわざわと何かが蠢くような違和感が消えない。
早く。早く強くならないと。
いらないと、言われないように。
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