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第37話 ネガティブ勇者、立ち止まる

 ナイの察知能力のおかげで迷うことなく地下を進むことが出来た。  だが水脈のある地下に降りるには小さな穴に落ちる必要があり、レインズ達はそこで足止めを食らってしまった。  その穴の頭上からポタポタと水が落ちてきている。この水が長い時間をかけて穴を開けたのだろう。 「これは……私は通れそうにないですね」 「下手に振動を与えて地面が崩れたら大変ですしね……」  二人がうーんと唸りながら悩んでいる。  方法は一つある。だがそれを選ぶ訳にはいかない。  この下がどうなっているのか全く分からない状態で、目の届かないところで、何かあったらすぐに助けることが出来ない。  それが分かっているからこそ、その選択肢を選べるのは一人しかいなかった。 「……僕が行く」 「ナイ、それは危険です!」 「あ、危ないと思ったら直ぐに戻ってくる、から……一番小さい僕しか、ここ、通れないでしょ」  この三人の中で一番小さく、瘦せ細ったナイなら狭い穴も通ることが出来る。  それは二人も分かっていた。だけどまだ戦闘にもダンジョン探索にも慣れていないナイを一人にしたくはなかった。 「大丈夫。変な気配もないし、魔物もいない、から」 「ですが……」 「平気。僕、勇者、なんでしょ」  ナイの口から自身を勇者と呼ぶなんて。レインズは驚いて目を見開いた。  きっと本人は自分を勇者だと本気で思ってはいない。だが少しでも強がらないと、レインズが先に行かせてくれないだろうと思い、そう言ったのだ。  そんなことを言わせてしまったことに、レインズはこれ以上何の言葉も出なかった。 「わかり、ました……では、ナイが先行してください。私たちもどうにか穴を広げて後を追いますから」 「う、うん」  体の震えを抑えるように、ナイは何度か深呼吸して、地下へ続く穴に落ちた。 「わっ」  地面に足が付いた瞬間、足場が濡れていたせいでナイは滑って尻もちをついてしまった。  鈍い痛みと濡れてしまったズボンに多少の不快感を覚えたが、今は気にしてる場合ではない。 「ナイ、大丈夫ですか!?」 「へ、へーき。奥、進むね……」  上を向くと、小さい穴からレインズが顔を覗かせていた。ナイは心配させないように大きめの声で返事をして、力の感じる方向へと進んでいった。  最初は少し怯えた様子のナイだったが、先に進むにつれて段々と冷静になっていった。  この場の雰囲気がそうさせるのだろうか。空気中に満ちたとても清らかな魔力。それがナイの心を穏やかにさせている。 「……綺麗」  まるで鍾乳洞だ。思っていた以上に広く、流れる水が何百年もかけて作り出した空間なのかもしれない。  人の手が加わっていない天然の洞窟だからこそ、この場所は美しい。 「水晶は、どこだろう……」  ナイは周囲を見回しながら目的のものを探す。  奥の方から水の流れがある。上流に向かって行けば水源があるはず。ナイはそう思い、ゆっくりと前へ進む。  壁に埋まる鉱石の輝きが、足場に流れる水に反射して輝いている。  神秘的な雰囲気に、ナイは心を奪われそうだった。  これが観光目的だったら何時間でも居たいところだが、今回はそうもいかない。  思わず立ち止まりそうな足を前へ進ませる。周囲に怪しい気配がないか警戒しながら、水晶の元へ近付く。  この奥。真っ直ぐ行った場所に水晶があるはず。  一歩進むごとに清らかな魔力が強まっていくのを感じる。  慎重に行かなきゃいけないのに、ナイは無意識に進む歩幅が大きくなっていった。  気になる。早く見たい。好奇心が、ナイを急かす。 「……っ!!」  奥から強い輝きが放たれ、ナイは足を止めた。  ここが、この地下の最奥。  湧き水が作った水溜まりと、その中から突き出すように大きな水晶の塊があった。  言葉が出ない。  その美しさは、人の言葉で表現できるものでないとナイは思った。  これを持ち出していいのだろうか。自分が触れても大丈夫なのだろうか。  そんな不安を感じながら、恐る恐る水晶に近付いた。 「っ!」  一歩近づいて、ナイは息を飲んだ。  水晶に、自分の姿が映し出されていたから。  元の世界の、傷だらけの自分の姿が。 「……っ、あ」  心臓が押し潰されそうなくらい、痛い。  ナイは全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。  気持ち悪い。  吐き気がする。  汚い。  自分の中から嫌な感情が込み上げてくる。  なんで急にこんな気持ちになるのか理解できなかった。  だけど止まらない。ナイは息が出来ず、その場に立ち尽くすことしか出来ない。  こんな場所に自分がいて良いわけがない。  汚れた体で、人に触れて良いわけがない。  どうして生きているんだ。  どうして生きたいと思ってしまったんだ。  あんな親から生まれたの自分が幸せになれるなんて思うな。  頭の中に声が響く。  自分の声だ。ナイは自分の声に責められている。これは自分の本音なのだろうか。  水晶の魔力が、ナイの中の汚い感情を増幅させているのだろうか。 「……ぅ、あ」  声が出ない。  こんな所で立ち止まっていたら駄目なのに。  せめて誰かを、呼ばなきゃ。ナイは必死に声を絞り出そうとするが、呼吸が上手くできなくてドンドン心臓が苦しくなっていく。  助けて。助けて。助けて。  そう心で叫んでも、誰にも届かない。  そうだ。今までだってそうだった。  自分の声が誰かに届いたことなんてなかった。  ナイは、苦しみに抗おうとするのを諦めようとした。 「……っ」  霞む視界に、水晶の輝きが映る。  暗闇に輝く、一筋の光。  まるで、幼い頃に見たあの空みたいだとナイは思い出す。  天使の梯子。  あの時も助けを求めていた。 「……レイ」

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