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第40話 ネガティブ勇者、光を掴む
夢を見る。
いつもと同じ、元の世界の自分。
目の前には、幼い頃の自分。
親に顔を殴られ、頬を腫らして、見知らぬ男たちに体を犯されている。
「ほら、ちゃんと口も動かせよ。可愛い顔に傷が増えちゃうよー?」
「あー、イきそ。中出しちゃっていいんだよなー」
「好きなだけヤれよ。その代わり、ちゃんと金も出せよ」
男たちの下卑た声が響く。
これは夢。悪い夢。ナイはそう思いながら、耳を塞ぐ。
それでも聞こえてくる笑い声と、ナイの悲鳴。
この頃はまだ心を空っぽにすることが出来なくて、痛みや悲しみを素直に受け止めすぎていた。だからすぐ泣いてしまうし、それが余計に男たちを楽しませてしまっていた。
「いや、あ、ああ、ぁあぁ」
「ハハハハ! 泣いてるガキ犯すのちょー最高なんだけど。こんなのAVでしか見ねーよ」
「これ売ったら金になるんじゃねーの?」
「ハメ撮りも悪くねーな。おい、ガキ抑えとけよ。もっと人数呼んでやるよ」
その日は特に酷かった。今思い出しても、一番最悪な日だった。
複数人の男に囲まれて、何時間もずっと犯された。
口の中や体に精液をかけられて、暫く匂いが染み付いていたのをナイは思い出す。
「男で良かったな。女だったら面倒だったし」
「穴が一つ足りねーけどな。その分、もっと手ぇ動かせよ!」
「や、ぁ、あ、っぐ、うぁ、あっ」
幼いナイの口から出るのは、言葉にも悲鳴にもならない声。
聞きたくないのに、耳を塞いでるのに、頭の中に響いてくる。
もう嫌だ。あの場所にもう自分はいないはずなのに。いつまでも過去に囚われてる。
ナイがどれだけ前を向こうとしても、足についた鎖が過去に引き戻す。
忘れるな。お前が陽の光を浴びることなんてないんだ、と。暗闇からそう告げているようだった。
「…………もう、いやだ」
ナイは目の前の光景から目を反らし、座り込んで膝を抱えた。
逃げられない。だったらもう諦めた方が楽になる。
今までもそうやって生きてきた。
住む世界が変わって、自分も変われると思った。だがそれが間違いだった。
ナイはどんどん自分を追い込んだ。
その思いに応えるように、ナイの周りに黒い影が現れる。何も見なくて済むように目の前を塞ぎ、ナイ自身も包こもうとする。
このまま閉じ込めてしまえば、何も聞かずに済む。
何も見たくない。心の殻に篭っていたい。ナイは目を閉じようとした。
その時。ふわりと、胸の奥が暖かくなった。
その温もりに思わず目を開けたナイは、自分の胸の当たりが赤く燃えてるのに気付いた。
「…………え?」
その炎が黒い影を照らし、目の前の過去の光景を燃やし尽くした。
何が起こったのか、ナイには分からない。
何度も瞬きを繰り返していると、夢の中の光景が姿を変えた。
学校帰り。ランドセルを背負って、見慣れた通学路を歩いていた。
さっきまで膝を抱えていたはずなのに、今は歩いてる。状況の変化に頭が付いていかない。
ピタリと足を止めたナイは、ふと空を見上げた。
「…………あ」
厚い雲の間から、太陽の光が差している。
よく覚えてる。幼かったナイは美しいその光景に心を奪われた。夕暮れ時の赤い空と、眩い光。
天から差し伸べられた光に手を伸ばせば、ここから救い出してくれるんじゃないかと思った。
だけど叶わなかった。家に帰ればいつものように殴られ、また知らない男に体を玩具にされる。
だからナイは手を伸ばすのを諦めた。
「言っただろ」
耳元で声がした。この時のナイには誰の声か分からないけど、不快な感じは一切しなかった。
そう言えば誰かが言っていた。
ちゃんと言葉にしろ、と。
胸の中の熱いものが、ナイに訴えかける。
都合の悪いものの言葉を耳に入れるな。
それはお前にとって悪いものだ。敵だ。今のお前にはそれを振り払う力がある。
手を伸ばせ。
あの人は、お前を拒絶しない。
その言葉に、ナイはまた手を伸ばした。
あの光に。そう、天使の梯子に。
言葉に、してもいい。それを聞き入れてくれる人がいる。
ナイは必死に手を伸ばした。
幼いナイの手が、段々と今の自分の姿に変わっていく。
「僕はもう、アイツらの言いなりになりたくない」
今までで一番、強い言葉だった。
こんなにハッキリと自分の気持ちを言えたのは、レインズに初めて会った時の馬車の中。
あの時以上に、ナイの発した言葉は力強く、確かな思いだった。
「僕は、僕の望む自分になりたい!」
その言葉に応えるように、天から伸びた光がナイを照らした。
優しくて、暖かい光。その光に包まれて、ナイは目を閉じた。
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