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第39話 ネガティブ勇者、倒れる
レインズに引き上げてもらい、ナイ達は鉱山を出た。
体を休ませるためにも、早く雪山を離れないといけない。レインズが先導し、アインは背中に抱えたナイになるべく振動を与えないように気を付けながら歩いた。
「この街道を進んだ先に小さな村があるはずだ。ひとまずそこに行こう」
「ですが、王子が何の連絡もなく急に尋ねて大丈夫でしょうか」
「今は緊急事態だし、やむを得ない。アインはすぐに宿を探してくれ。私は村長に話をしに行く」
申し訳ないと思いながらも、ナイは喉が痛むせいで言葉一つ話せなかった。
結局自分が足を引っ張ってしまった。目の前まで来たのに、欠片一つも手に入れることが出来なかった。
情けない。変わろうとした矢先に、過去の自分を見せられて心が乱されてしまった。
ナイは自分を責める声を思い出し、また瞳に涙を浮かべた。
なんて弱いんだろう。
同じ状況でもアインは平然としていた。それどころか自分を助けてくれた。
彼の心の強さを目の当たりにして、余計に自分の心の脆さを思い知らされた。
どうしたら、彼のように前を向けるのか。アインのように強い憧れを抱くことが出来れば変わるのか。
でもナイには、アインがレインズに抱くような強い忠義心もない。誰かに対して何かを想うような心は、持っていない。
持てるのは、劣等感や嫉妬。自分の心を痛めつけるような感情しか抱けない。
だから弱いんだと、ナイは思った。
誰かのために強くなりたい、自分のために強くなりたいという気持ちがない。
本気で、そうなれると思っていない。
変わろうと願っても、心のどこかで無理だと言う自分がいる。何も出来やしないと冷めきった自分が耳元で囁いてくる。
だから、こんなことになった。
簡単に心が砕けてしまった。
生まれてからずっと言われ続けた言葉が頭から離れない。
何も出来ない子。
つまらない子。
いらない子。
生きる価値のない子。
ナイ。無い。何もない。
名前を呼ばれる度に、否定され続ける。
ナイの心がドンドン重くなっていく。黒い感情に覆い隠されていく。
―――
――
村に着き、急いで宿へ向かった。
チェックインとナイの介抱をアインに頼み、レインズは先に村長に挨拶を済ませる。
村に着いた時にはもうナイは眠っていた。
呼吸も落ち着いているようで、寝息を立ててベッドで眠るナイに二人は安心した。
「良かった……もう大丈夫そうだな」
「そうですね」
レインズはベッドのそばに椅子を置いて座り、ナイの方に体を向けたまま反対側に立つアインに視線をやった。
「アイン、何があったんだ? 敵の気配はなかったと思うが」
「えぇ。おそらく水晶の力だと思います。勇者はあの水晶に一番見たくない自分の姿を見せられて混乱してしまったのでしょう」
「……そうか。元々水晶には真実を映す力もあると言われている。あの場所、魔力を秘めた水で育った水晶はその力が増幅しているのかもしれないな」
レインズが顎に手を添えて考える。
確かにあの水晶には物凄い力を感じた。アインも下手すればあの魔力に飲まれていたかもしれない。頭を埋め尽くすような自分を責め続ける声。少しでも心を乱せば、動けなくなっていただろう。
アインはその時のことを思い出し、眉間に皴を寄せた。
敵意があったわけではない。水晶に宿る力が働いただけ。それは分かっているが、あんなに瞳を曇らせたナイの姿を思い出すと胸が痛む。
前を向こうと、自分を変えようとしていたのに。
その出鼻を挫かれて、ナイの心が折れてしまうんじゃないかとアインは不安に思った。
「……レインズ様。俺はまた鉱山の地下に行って水晶を回収してきます」
「一人で大丈夫か」
「魔物が復活する前に行けば問題ないでしょう。ルートはもう確保してありますし」
「……分かった。しかしお前も魔力を消費しているんだ。無茶はするなよ」
「分かっています。では、行ってきま……っ?」
そう言って背を向けようとした瞬間。アインの服の裾をナイの手が掴んだ。
まだ眠っているはずなのに、無意識にアインを引き留めたのだろうか。アインは驚いて目を見開いた。
「日を改めるか?」
「……いえ」
アインは上着を脱ぎ、ナイの上にかけてやった。
痛々しいくらい目元が赤く腫れている。頬の涙の痕をそっと拭い、軽く頭を撫でる。
「……心配ない。すぐ戻る」
アインはレインズに頭を下げ、部屋を出ていった。
その背中を見届けた後、レインズは眠るナイの手を取って深く息を吐いた。
「……ごめんなさい、ナイ。あなたを苦しめてしまった……」
あの時、ナイ一人に行かせなければこんなことにはならなかったかもしれない。
ナイが自分が行くと言ったあの言葉を否定したくはなかった。だけど、結果がこれだ。もっと慎重に動くべきだった。ただでさえナイには本人とは全く縁のないこの国の勇者になってしまったことに責任を感じていた。小さな少年の方には重すぎる重圧を抱えさせているというのに。
レインズはナイの手を両手で包み込み、祈るように額に当てた。
「貴方の抱えるものも、何に苦しんでいるのかも、私には分かりません。それでも、私は貴方の支えになりたい……」
どうか、夢の中だけでも彼が望むもの優しいものでありますように。
レインズはそう願いながら、ナイが目を覚ますのを待った。
ナイの見る夢が常に悪夢であることを、知らずに。
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