呼吸は落ち着いたが、一人になりたいとナイが言うのでレインズは部屋を出た。 　本当は今のナイを一人にしたくはなかった。 　魘されていた時のナイは、どこか様子がおかしかった。体はピクリとも動いてないのに顔だけ苦しそうで、まるで何かに締め付けられてるようにも思えた。 　リオの言っていた黒い影。 　目に見えない何かがナイを苦しめているとでも言うのだろうか。霊力が見えるのは、今のところリオ以外に知らない。 　また集落に連れていくべきか。それともリオを呼ぶべきか。だが彼は集落の長。そんな易々と呼び出していい相手ではない。何より長が集落を離れるわけにもいかない。 　レインズがナイの部屋の前で頭を悩ませていると、食事の支度をしてきたアインがやってきた。 「レインズ様、どうかしたんですか？」 「アイン……ちょっと、ナイは調子が悪いみたいで、今日は食事はいらないみたいだ」 「そう、なんですか？　それじゃあ、お食事はレインズ様のお部屋にお運びしますね」 「すまない、ありがとう」 　アインは持ってきていたワゴンをレインズの部屋へと運んでいった。 　その後ろをついていき、レインズも自室へと戻る。 ――― ―― 「え、勇者が？」 「ああ。悪い夢を見たとかで魘されていた」 　レインズは食事を取りながらアインに先ほどのことを伝えた。 　城に帰ってきたときも、昨夜集落の広場で話したときも特におかしな様子もなかったので、アインは心配そうに表情を歪める。 「……本当に、あの勇者にこの世界を任せて大丈夫なのでしょうか」 「アインは、不安か？」 「守れるか守れないか、とかそういうことでなく……あの者自身が、何ていうか情緒不安定とでも言いますか……」 「確かに、ナイの心は不安定だ。それに、リオも言っていた。彼には何か影があると……その影が晴れない限り、きっと彼はずっと……」 　アインはあの影をナイ自身のトラウマだと思っている。 　もしその推測が合っていたとしたら、レインズが願い形にはならないかもしれない。 　これはあくまでアインの考え。だからレインズにそれを伝える気はない。彼の中の心の闇を、主人が知ったら酷く悲しまれる。ナイだってそれを望まない。 　しかし、このままでは何も進まない。せっかくナイが変わろうとしてるのだから、少しでも支えになりたい。 　レインズもアインも、同じように思っている。 「アイン。君は部屋も近いし、ナイのことを気にかけてくれるか？　私はテオ様と連絡を取る」 「それは良いのですが……テオ様には何を？」 「リオ……ロッサの族長様と連絡が取れるようにしたい。あの地の霊脈を調べ、どうにか魔法での通信が可能になるように……」 「そうですね。俺達には黒い影が見えませんし」 「ああ。情けないな……近くにいるのに、何も感じ取れないなんて……」 「レインズ様……」 　レインズは頭を抱えた。 　どれほど前に進めば、ナイが過去を振り返っても心を痛めずに済むのだろう。 　分からない。 　ナイの心に寄り添える方法が、レインズには分からない。