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第69話 ネガティブ勇者、知らない感情を覚える

「あ、ありがとう……アイン」 「俺は何も……それより、もう大丈夫か」 「うん」  ナイが起き上がろうとすると、アインが背中を支えてくれた。  また情けないところを見せてしまったと申し訳なくもなるが、また立ち上がる力をくれたことにとても感謝している。 「何度も、ごめん……」 「気にするな。お前はまだこの世界に慣れていないし、勇者としての責任もある。色々と抱え込みすぎるなよ」 「……うん」  アインの気遣いに、ナイは少しだけ照れくさくなった。  どうしてだろうか。急に優しくされることに恥ずかしさを覚えてしまった。今までこんな感情を抱いたことがないせいで、ナイは戸惑っている。  ただ、胸の中に感じる優しい灯火が安心感をくれる。今はそれだけで十分だった。 「そういえば、お前……魘されていたってレインズ様が仰っていたけど」 「あ、うん……なんか、変な夢だったんだ」  ナイはさっき見た夢の話をした。  体も動かせず、声も出ない。ただただ怖いだけの夢。  レインズが起こしてくれなかったらどうなっていたか分からなかった。 「なんか声もしたような気がしたんだけど、何言ってるのか全然聞き取れなくて……」 「声、か……寝る前は何ともなかったんだな?」 「うん。特に不調もなかったし、落ち込むようなこともなかったし……本当に急で……」 「そうか。もしかしたら霊脈に触れたことが原因かもしれないからと、レインズ様がリオ様と連絡が取れる方法を考えてくれるそうだ」 「霊……もしかしたら、精霊の言葉が気になってるのかな……」  ナイは自分では答えを出したつもりではいたけど、もしかしたら心のどこかで気にかかっているのかもしれないと思った。 「勇者がどうこうって話か?」 「うん。僕はあの言葉に自分なりに答えを出して納得したつもりだったんだけど……」 「さっきブツブツ言ってた帰りたくないって言葉と関係するのか?」 「それは……ちょっと違う、かな。あれは夢のせいでそう思っただけで、僕は魔王との戦いで何が起きても大丈夫なように、この世界にも未練を残さないように生きたいなって……」  使い捨てというワードだけは出さないように自分の思ったことを伝えた。  ナイの言葉をどう受け取ったのか、アインは眉間に皴を寄せて少し考えた。 「それが、失うものがないから勇者になれるってことか?」 「僕は、そう思ったよ」 「だとしたら、ふざけてるな」 「え?」 「さっきも言っただろ。俺は勇者を犠牲にして幸せを手にしたいわけじゃない。その事実を知らない人達は魔王の脅威から解放されて喜ぶかもしれないが、俺達は違う。俺もレインズ様も、お前を知る者はどうなる。少しも悲しまないとでも思うのか」 「……それは」  それは、ナイ自身も思っていたこと。  自分が消えて悲しむ人がいたら嫌だ。誰かに迷惑をかけたくない。  ナイが言葉を詰まらせていると、アインがわざとらしく大きなため息を吐いた。 「もう遅いぞ」 「……え」 「俺は、嫌だ」 「アイン……」 「それに、レインズ様だって同じだ。それを忘れるなよ」  軽く額を小突かれ、ナイは自分のおでこを抑えた。  胸の奥が、ザワザワする。名前の知らない感情がキュッと胸を締め付けてくる。  痛くはない。だけど、心臓が早鐘を打っている。  何故だろう。ナイは少しだけ泣きたくなった。

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