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第99話 ネガティブ勇者、さようなら

 城に戻り、皆は倒れるように眠りについた。  今日はさすがに疲れたと言ってリオとテオも城へ泊り、客室で寝ている。  国王は無事に戻ってきた息子の顔を見て、とても誇らしげな笑みを浮かべていた。 ―― ―  ナイは夢を見た。今までとは違う、白くて優しい温もりに包まれたものだった。  誰かの声がする。  初めてこの世界に来たときに聞いたものだ。 『ありがとうございます。勇者よ』  時空《とき》の大精霊。ナイを選び、この世界に呼んだもの。  最初の勇者を呼んだ王子が作り出した召喚魔法。 『ようやく、私もこの役目を終えられる。全てが、忌まわしい悪夢が、ようやく終わるのです』  勇者を呼びだす儀式。それすらも、この世界が何千年も繰り返してきた呪いに組み込まれたもの。  悲しみだけの、救いのない物語。  それも、やっと終幕の時を迎える。  ナイは目に見えぬ精霊に、頭を下げた。 「ありがとう。僕を、この世界に呼んでくれて」 『……あなたは、救われましたか?』 「はい。この世界に来て、僕は初めて笑うことが出来た。未来を、明日を、夢みることが出来る。それは、とても、素敵なこと、だよ」 『そうですか。なら、きっと、彼の想いも成就されたことでしょう』  精霊は光の中に消えていった。  彼女が託された思いが、消えていく。  ナイはただ、彼女に、そして彼らに感謝した。  どうか。幼い無垢なる魂に、安らかな眠りを。 「……う、ん」  ナイは目を覚まし、自身の瞳から零れ落ちた涙を袖で拭った。  この世界での役目を終えた。もう勇者でも魔王でもない。ただ一人の人間として、これからを生きる。 「……まずは、何をしようか」  ナイは窓から差し込む朝日を見て、いつも通りの日常へと戻る。  当たり前の、日々に。 「起きてるか」  ドアがノックされ、いつものように朝食のワゴンを持ってアインが部屋へと来た。  いつも通り。何も変わらない毎日が始まる。 「おはよう、アイン」 「おはよう。顔色は悪くないな」 「うん。まだちょっと、ボーっとするけど……平気」 「そうか。すぐにレインズ様も来る。これから先のことで話があるそうだ」 「わかった」  ナイは頷き、テーブルの席に着いた。  ほんの少し、いつもと違うことがあるとしたらこの気持ちだろうか。  ふわふわと浮き立つような、こそばゆい感情。 「お前は、これからどうしたい?」 「え?」 「お前にだって、これから先やりたいことだってあるだろ」 「…………うん。そう、だね。僕、この城を出て、街で暮らしたい」 「街に?」 「元々、この世界に来たばかりのときにも思っていたんだ。勇者としての役目を終えたら、小さな家とかで平々凡々と暮らしたいなって」 「……そうか」 「うん」  ナイは両手を擦り合わせ、その先の言葉を必死で手繰り寄せた。どこ言葉を言えばいいのか、どう伝えればいいのか。  伝えて良い言葉は何なのか。  ナイが悩んでいると、アインが小さく息を零した。 「だったら、俺はセイロッジ通りがいいな。あの辺は静かだし、少し歩けば店も多い。確か空き家もあったはずだ。城からもさほど離れていないから俺も通いやすいし」 「え?」 「なんだ、その顔は。まさか一人で住むつもりなのか」 「…………一緒に、来てくれるの?」 「当たり前だろ。俺はお前から離れないと約束したんだ。それとも、一人で暮らしたかったのか?」 「……ううん。ううん、一緒がいい」 「だったら決まりだ」  アインはナイの手を取って、両手で包み込んだ。 「俺は、これから先もずっと、お前と共に生きたい」 「……うん」 「ちゃんと意味分かってるか?」 「…………っ、うん」 「好きだ、ナイ。お前を、愛してる」 「っ、うん。うん、うん……僕も、アインが好きだよ……」  ナイはアインに抱き着き、ポロポロと涙を零した。  暖かい。優しい灯火が、心に温もりをくれる。  二人は抱き合いながら、互いの想いを確かめ合う。  守りたい想い。  護りたい人。  勇者じゃなくても、守ることは出来る。  相手を思う心だけ、あればいい。  この世界にはもう、勇者なんて必要ない。  さようなら、勇者。  おやすみなさい、異世界の少年達。

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