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第3話

「まっちゅーん!」  品出しをしていると、足に何かがぶつかっててきた。下を向けば昴の弟の慎之助だった。 「よお、チビ助」 「チビ助じゃないもん! 慎之助だもん!」 「やっほー、まっつん」  その後ろには、昴が手を振って現れた。  あれ以来、すっかりこの兄弟に懐かれ、四歳の慎之助にすら《まっつん》呼びされていた。  週末になると時折、昴はこの年の離れた弟を連れ店に現れる。 「なんだ、またグスッたか」 「うん。絵本読むってきかなくて。困った時は《MIMIYA》だね!」  この店の児童書コーナーは、見本の絵本も豊富に揃え、備え付けのTVで児童向けのDVDも流している為、格好の子供の遊び場となっている。 「にーたん、早く! 絵本読んで!」  そう言って慎之助は昴のパンツの裾を引っ張っている。 「分かったよ」  兄弟は一番奥にある児童書コーナーに消えていった。 「今日も始まるんじゃない?」  カウンターに戻ると酒井が言ってくる。 「かもな」  暫くすると、児童書コーナーが賑やかになっていた。  様子を見に行けば、昴は備え付けの小さな椅子に座り、絵本をテーブルに広げ、その周りには子供たちが昴を囲んでいた。  時折、こうして昴によるセルフ朗読会が開催される時がある。慎之助に読んでいるはずが、いつの間にか他の子供たちも聞き入っているのだ。昴も満更でもない様子で、楽しそうに読み聞かせしている。その姿に松木の顔は緩む。  親たちはそんな昴に子供たちを託し、その隙に買い物を済ませているようだった。  レジでは、その母親たちからいつも昴に対してお褒めの言葉を頂く。松木がしているわけではないのだが、昴を褒められるとまるで身内が褒められている気分になり、自分も誇らしい気持ちになった。  売り場に行くと雑誌を立ち読みしている昴がいた。 「朗読会、終わったのか?」 「うん、今日も大盛況だった」  そう言って得意げな笑みを溢す。 「チビは?」 「トーマス見てから帰るって」  児童書コーナーに設置されているTVを見ているのだろう。  昴が手にしている雑誌を覗き込むと、県内のグルメやレジャースポットを紹介している情報雑誌だった。 「ここ、俺んちの近所だわ」 「え? どれ、どれ⁈」 「これ」  そこは地元で有名なハンバーグ屋で、そこで出すハンバーガーがボリュームがあり人気だと書いてある。松木が地元にいる頃はよく世話になっていた店だ。 「ここのハンバーガー、こんなデカイの」  どれだけ大きいのか、手で大きさを表してみる。 「まっつんの地元N市なんだ」 「しばらく帰ってないけどな」 「じゃあ、たまに帰ってみたら? そんでこれテイクアウトしてきてよ」 「無理に決まってんだろ。そういうのは出来立てがうまいんだよ」 「ちぇー」  そう言って昴は可愛らしく口を尖らせている。 「せめて、行った気になろう」  どうやらその雑誌を買うことにしたようだ。 「食いに行くか?」  咄嗟にそんな言葉が出ていた。  ハッとして、口元を手で塞いだが、 「行く!」  昴の嬉しそうな顔を見たら、その言葉を撤回する事はできなかった。  昴は松木のシャツの胸ポケットに入っているメモ帳とボールペンを素早く取ると、何やら書き込み松木に渡した。 「俺のID。連絡してね」  昴はメモ帳とボールペンを再び胸ポケットに押し込むと、嬉しそうに笑みを浮かべていた。  なんであんな事を言ってしまったのか。ただ単純に、あのハンバーガーを食べさせてやれたらーーそう思ったら、自然と口から出ていたのだ。

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