3 / 16
第3話
「まっちゅーん!」
品出しをしていると、足に何かがぶつかっててきた。下を向けば昴の弟の慎之助だった。
「よお、チビ助」
「チビ助じゃないもん! 慎之助だもん!」
「やっほー、まっつん」
その後ろには、昴が手を振って現れた。
あれ以来、すっかりこの兄弟に懐かれ、四歳の慎之助にすら《まっつん》呼びされていた。
週末になると時折、昴はこの年の離れた弟を連れ店に現れる。
「なんだ、またグスッたか」
「うん。絵本読むってきかなくて。困った時は《MIMIYA》だね!」
この店の児童書コーナーは、見本の絵本も豊富に揃え、備え付けのTVで児童向けのDVDも流している為、格好の子供の遊び場となっている。
「にーたん、早く! 絵本読んで!」
そう言って慎之助は昴のパンツの裾を引っ張っている。
「分かったよ」
兄弟は一番奥にある児童書コーナーに消えていった。
「今日も始まるんじゃない?」
カウンターに戻ると酒井が言ってくる。
「かもな」
暫くすると、児童書コーナーが賑やかになっていた。
様子を見に行けば、昴は備え付けの小さな椅子に座り、絵本をテーブルに広げ、その周りには子供たちが昴を囲んでいた。
時折、こうして昴によるセルフ朗読会が開催される時がある。慎之助に読んでいるはずが、いつの間にか他の子供たちも聞き入っているのだ。昴も満更でもない様子で、楽しそうに読み聞かせしている。その姿に松木の顔は緩む。
親たちはそんな昴に子供たちを託し、その隙に買い物を済ませているようだった。
レジでは、その母親たちからいつも昴に対してお褒めの言葉を頂く。松木がしているわけではないのだが、昴を褒められるとまるで身内が褒められている気分になり、自分も誇らしい気持ちになった。
売り場に行くと雑誌を立ち読みしている昴がいた。
「朗読会、終わったのか?」
「うん、今日も大盛況だった」
そう言って得意げな笑みを溢す。
「チビは?」
「トーマス見てから帰るって」
児童書コーナーに設置されているTVを見ているのだろう。
昴が手にしている雑誌を覗き込むと、県内のグルメやレジャースポットを紹介している情報雑誌だった。
「ここ、俺んちの近所だわ」
「え? どれ、どれ⁈」
「これ」
そこは地元で有名なハンバーグ屋で、そこで出すハンバーガーがボリュームがあり人気だと書いてある。松木が地元にいる頃はよく世話になっていた店だ。
「ここのハンバーガー、こんなデカイの」
どれだけ大きいのか、手で大きさを表してみる。
「まっつんの地元N市なんだ」
「しばらく帰ってないけどな」
「じゃあ、たまに帰ってみたら? そんでこれテイクアウトしてきてよ」
「無理に決まってんだろ。そういうのは出来立てがうまいんだよ」
「ちぇー」
そう言って昴は可愛らしく口を尖らせている。
「せめて、行った気になろう」
どうやらその雑誌を買うことにしたようだ。
「食いに行くか?」
咄嗟にそんな言葉が出ていた。
ハッとして、口元を手で塞いだが、
「行く!」
昴の嬉しそうな顔を見たら、その言葉を撤回する事はできなかった。
昴は松木のシャツの胸ポケットに入っているメモ帳とボールペンを素早く取ると、何やら書き込み松木に渡した。
「俺のID。連絡してね」
昴はメモ帳とボールペンを再び胸ポケットに押し込むと、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
なんであんな事を言ってしまったのか。ただ単純に、あのハンバーガーを食べさせてやれたらーーそう思ったら、自然と口から出ていたのだ。
ともだちにシェアしよう!