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第7話

外はすっかり暗くなり、時計は七時を回ったところだ。帰路につく為に高速に乗ると、電光掲示板が渋滞を告げていた。 「少し渋滞してるな」 「みたいだね」  心なしか昴のテンションが低い。 (眠いのか? )  チラリと横目で昴を見れば、反対車線の車のヘッドライトを目で追っていた。  大人びた綺麗な横顔をしていると思った。 「眠ければ寝てていいぞ」 「うん……大丈夫……」  少し舌足らずな声で言うと、ギュッと手を握ってきた手は熱かった。 (こりゃ眠いんだな)  内心で笑いを零す。  ずっと賑やかだった車内が静まり返り、小さくかかっていた曲が耳に入ってきた。その時になって、このバンドの曲流していたのだと思い出す。先程まで、昴との会話は途切れる事はなかったからか、音楽など気にもしていなかった。  渋滞に嵌り、車が思うようにすすまなくなる。  ふと繋いでいた昴の手の力が抜け、それと同時に規則正しい寝息も聞こえてきた。昴を見れば、無防備に可愛らしい寝顔を曝け出している。 (髪、食ってる……)  毛束が昴の口にあるのが目に入り、繋いでいない手でそれをそっとよけてやる。指先に触れた昴の肌はスルリとした滑らかな感触で、その触り心地に思わず頬に触れてみた。その時、無意識なのか昴はその手に頬を擦り寄せてきた。親指で昴の形の良い唇に触れると、ぷっくりとしたその感触の良さに思わずその唇を指でそっと撫でていた。  松木の中で、キスしたい衝動に駆られる。そう思うと松木は昴に顔を近付けていた。  添えている指を唇に変えようとしたその瞬間、  ガブッ!  寝ぼけているのか昴は親指を噛んできたのだ。 「ーーいっ!」  寸でところで声を飲み込み、慌てて手を引っ込めた。  昴は何か食べている夢でも見ているのか、モゴモゴと口を動かしていた。 (あ……っぶね……! )  完全に今自分は昴に対して、キスしようとしていた。  体を起こし前を見れば、前の車が進んでスペースができており、慌てて前の車との車間距離を詰めた。 ビクッと昴の体が大きく跳ねた。 「あっ……俺、寝てた?」 「ああ、ヨダレ垂らしてな」  松木の言葉に昴は慌てて口元を拭った。 「ここどこ?」 「もうM市入ってる」 「そっか……」  不意に自分の右手を見つめている。手を繋いでいないことに気付いたようだ。  あの後、松木はそっと手を離した。未遂とはいえ、ひと回り以上年下の男子高校生にキスをしようとした罪悪感で、とても手など繋いでいられないと思ったのだ。 「寝なければ、もっとまっつんと話せたのに」  そう残念そうに言いながら、まだ自分の右手に目を向けている。 「家まで送る。どの辺?」 「いいよ、待ち合わせしたコンビニで。歩いて帰るから」 「ダメだ。もう、こんな暗いのに高校生一人で夜道歩かせられるわけねえだろ」  結局、大渋滞に嵌り、帰るのに二時間半もかかってしまった為、現在時刻は九時近くになろうとしていた。 「めっちゃ近いよ?」 「近いなら尚更送るって」  言われた道順で車を走らせれば、コンビニからほんの三分程で着いてしまった。 「マジちけーな」 「だから、言ったじゃん」  住宅街の中にある昴のその一戸建ては、紺色の外観で今風の四角い洒落た家だった。  玄関前に車を止め、ハザードを点ける。 「まっつん、今日はありがとう。凄く楽しかった!」 「俺も予想外に楽しかったよ」 「何、その予想外って!」  昴は頬を膨らませている。 「ーーいや、普通に考えて、男子高校生と出掛けるなんて、どうなるかと思ってたけど、すげー楽しかったよ」  そう言って昴の頭をぽんぽんと撫でた。 「今日、色々奢ってもらったじゃん。で、これお礼ってわけでもないんだけどさ……」  昴はウエストバックから小さな紙袋を取り出し、松木に渡した。 「午前中行った雑貨屋?」 「うん」  袋から中身を出すと、親指ほどの大きさの黒いフェルト人形のキーホルダーだった。 「なんか……怖い人形だな」  お世辞にも可愛いとは言い難い、ホラーなマスコットだ。 「見た目こんなんだけど、幸せを運んでくれるんだって。俺もお揃いで買っちゃった」  同じキーホルダーを松木に見せた。 「サンキュー、じゃあ、ここに飾ろうかな」  松木はキーホルダーの紐の部分をルームミラー引っ掛けた。  少し不気味なマスコットがクルリと一周した。 「まっつん……また、どっか連れてってって言ったら……」  珍しく歯切れ悪く言い淀んでいる。 「ああ、そうだな。行きたいとこ考えおけよ」  自然と口角が上がり、昴の毛並みの良い頭をひと撫でした。滑らかなつるりとした感触はしっかりとキューティクルがされている事を物語っていた。  その手が離れると、不意に昴の顔が近付いてきた。チュッと音を鳴らし、頬にキスをされたのだと知る。  条件反射で思わず頬に手をあてた。 「な、何して……!」  見開いた目で昴を見れば、悪びれる様子もなく、 「デートの締めはやっぱりキスかと思って」  そう言い放った。  鍋の締めはうどんでしょ、くらいのテンションと同じに聞こえる。 「おま……! 何言って……!」  動揺のあまり、言葉にならない。年甲斐もなく顔が熱くなるのを感じた。 「外国ではほっぺにチューなんて挨拶じゃん」  昴はそう言って軽く笑うと、松木の肩をポンポンと叩いた。  (違う……そうじゃない……)  昴は男からキスをされた事に動揺していると思っている。だが、そうではない。自分はキスをするのをなんとか理性を抑えて我慢したと言うのに、目の前のこの少年はそんな松木の気持ちもお構いなしに、それをサラッとやって退けてしまった。 「じゃあね、まっつん、おやすみ」  昴は尚も動揺している松木を尻目に車から降りた。 「ーーったく」  そんな昴に苦笑を漏らしながらも、ドライブにギアを入れた。助手席のウインドウガラスを開けると、 「またな、おやすみ」  そう昴に告げ、アクセルを踏み込んだ。ルームミラーを見れば、昴の姿が目に入る。どうやら松木の車が見えなくなるまで見送っているようだ。そんな健気な昴の姿が酷く愛おしいと感じた。  松木は知らない。その行動に昴は、どんなに勇気を振り絞ったのかを。

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