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第9話
店に戻り、
「随分と長いトイレでしたね。うんこっすか」
豊橋のツッコミが入る。
「うんこじゃねえわ。昴がいた」
「そうなの? なんで入ってこないの?」
「雨で濡れちまったから、止むまで風除室にいさせてほしいって」
そんな会話をしていると、小太りの中年男性がカウンターに商品を置き、別のスタッフがレジ対応している。
《ショタコンおやじ》とあだ名が付いている常連客だ。あだ名の通り、アイドル雑誌を買い漁っている客で、おそらくそういう性癖なのだと予想できる。会計を済ませ自動ドアを出て行くのが目に入った。
不意に昴が心配になる。あんな姿の昴を見たら、この客はよからぬ事を考えるかもしれない。
「もう一回、トイレ!」
「またぁ⁉︎」
豊橋の声を振り切り、大股で自動ドアに向かった。
風除室には昴の姿はなく、外に出てみれば雨は小雨になっていた。
(帰ったか)
そう思いふと、駐輪場に目を向けた。
昴が先程の《ショタコンおやじ》に声をかけられている。昴はキョトンとした表情を相手に向けている。
何言ってんだろう、このおっさん、とでも言いたげな表情だ。そしてその表情は段々と怯えたものへと変化していく。
(あんのおやじ! )
松木はカッと頭に血が昇るのを感じ、考えるよりも先に体が動いていた。昴に近付くと、グイッと昴の肩を掴んだ。腕を掴み引っ張ると、昴の姿を相手に見せないように自分の後ろに移動させた。
そのまま昴の手を握る形になってしまった。だが、昴はその手をぎゅっと強く握り返してきた。
「お知り合いですか?」
語尾の口調を強めにして言うと、
「い、いや……雨に濡れてたから……」
ゴニョゴニョと何か口の中で言いながら、男は逃げるように去って行った。
「大丈夫か?」
繋いでいた手を、互いに名残りおしそうに離す。
「うん」
「なんて声かけられた?」
「ーー車で送ってこうか? って」
「〜〜!」
車で送った後、何をしようとしたのかと想像すると、怒りで隣にあった自転車を蹴り飛ばしてやろうかと思った。だが、寸前のとこで思い止まる。代わりに、湿気でいつもよりうねっている髪をガシガシと荒っぽく掻いた。
「雨、小雨になったし、もう帰れるだろ」
苛立ちで少し口調がキツくなってしまった。
「うんーーくっちゅん!」
昴は可愛いらしいくしゃみを一つし、鼻をズズッとすすった。
「風邪ひくなよ」
そう言って昴の頭をくしゃりと撫でた。
俯く昴の顔は見えなかったが、耳が赤く染まっているのが分かった。
昴はのろのろと自転車に跨ると、じゃあ、またね、そう言って帰って行った。昴が見えなくなるまで見届け、松木は店内に戻った。
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