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第16話
※腐女子スタッフの豊橋さん視点になります。
豊橋が売場で品出しをしていると、キラキラした男子高校生が笑顔で自分に近付いてきた。
「これ、ありがとう」
そう言ってキラキラな男子高校生ーー昴は、豊橋に紙袋を手渡した。
「早かったね」
先日、豊橋は所謂BL本を数冊、昴に貸したのだ。その時は、ただ単に本の虫である昴がとうとうBLにも興味を持っただけだと思っていた。だが、今なら別に理由があったのだと予想はつく。
「面白かった! また、貸してね」
松木との事がひと段落し、今は純粋にBLの世界を楽しんでいるのだろう。
昴の手元を見れば、何かレンタルしたのか、店のキャリングバッグを手にしている。
松木に頼めば半額でレンタルできるのに、律儀な子だと豊橋は思った。
袋の中を見れば、小さな包みが入っているのに気付く。
「それ、ラスクなんだけど良かったら食べてね」
袋の店のロゴには見覚えがある。隣町で美味しいと評判のケーキ屋のラスクだ。
「ここ、行ってきたんだ」
「うん、この前まっつんと……」
と、そこまで言って、昴は慌てて口を手で塞いだ。その仕草が可愛らしく、自然と笑いが漏れる。
「大丈夫、あたし知ってるから」
豊橋は台車を押してカウンターに足を向けると、昴も並んで歩く。
「そっか」
そう言って昴は照れ臭いのか、顔を赤くしている。
カウンターに戻ると、松木は電話をしていた。昴は小さく手を振ると、松木はそれに応えるように片眉をあげ、小さく頷く。
昴のその表情は、まさに恋する男の子の顔だ。
(くしょかわ……! )
松木でなくとも、昴のその表情を見れば顔が緩む。昴のこの顔をいつも向けられている本人は、さぞかしメロメロになっている事だろう。
(想像したくないけど)
そう心の中で毒づく。
「まっつんとどっか行くの? 今日、珍しくまっつん、早番だもんね」
松木の今日のシフトは珍しく、六時上がりの早番だ。日曜日でスタッフの有給休暇が被ってしまい早番の人数が足りず、松木が早番に入ったのだ。時計を見れば、あと五分程で退勤時刻だ。
「うん、ご飯食べ行ってくる」
そして松木の家で昴が手にしたDVDでも見るのだろうかーーそんな妄想を豊橋はした。
「昴くん、うちでバイトしなよ。そしたら、まっつんに毎日会えるよ」
豊橋のその言葉に、昴は少し考えると、
「凄く魅力的だけど、そしたら、俺、まっつんばっかり見ちゃって、仕事にならないと思う……」
そう言ってのけた。
カッ、と豊橋の糸目が開眼する。
「てか、ここ高校生は採ってないないじゃん」
「まぁ、そうね。しかし……あんな冴えないおっさんのどこがいいの?」
せっかくこんな可愛い恋人ができたというのに、相変わらず松木は見た目に無頓着だ。今日も髭を剃り忘れたと言っていたし、天パの強いモジャっとした後頭部を見れば寝癖が付いている。
「まっつんも元は悪くないのにねえ」
松木は上背もあり、手足が長くスタイルが良い。意外にも体付きもガッチリとしていて、顔もよくよく見れば整っている。もっと見た目に気を使えばイケメンの部類に入るのではないかと思う。
「まっつんは今のままでいいの!」
「ええ? なんで? 彼ピッピはかっこいい方がいいじゃん」
「だって……」
昴は少しモジモジとすると、
「まっつんがかっこいいって皆んなに分かって、モテちゃったらイヤだもん……」
顔を赤らめそう言った。
ーーカッ!
そんな昴の姿に、再び開眼した。
「あんな感じでユルッとした風に見えるけど、二人の時は、なんか大人? って感じで凄く優しいんだよ。俺、いっつもドキドキしっぱなしだし、キスだって……」
豊橋の閉じかけていた目がゆっくりと開いた。
ーーカッ!
(してんな、ベロチュー……)
そこまで言って昴はハッとしたのか、両手で口を隠し、喋り過ぎちゃった……、と一人慌てている。
「まっつんに言わないでね」
昴は人差し指を口元にあてると、チラリと松木を見た。電話を終えた松木は、退勤する為か事務所の方に歩いて行く背中が目に入った。
「じゃあね、豊橋さん」
「はいよー。楽しんで来てね」
昴が背を向けたが、くるりとまた豊橋の顔を見た。昴は豊橋の耳元まで口を寄せると、
「今度は、もっとエッチなヤツ貸してね」
小さな声でそう言った。
豊橋は、開眼したまま暫し固まった。
エッチなBL本を読んで一体どうするつもりなのかーーそんな事を考えると、仕事中だというのに豊橋のBL脳が暴走してしまいそうになる。
上背のある松木の頭が棚越しに見えると、昴は足早に松木の元へ歩いて行った。
(リアルボーイズラブは、思った以上に尊いねぇ)
出入口である自動ドアに向かう二人は、何か会話を交わしている。笑みを浮かべ、そして松木は昴の頭に手を乗せているのが見えた。店内でいちゃつくなと思いつつも、松木の顔を見て、
(そんな顔、ここじゃ見せないくせに)
昴に対する松木の表情に苦笑を浮かべた。
松木のあんな穏やかな表情は、店で一度も見たことはない。きっと、昴にだけに見せる表情なのだろう。昴もまた、幸せに満ちた表情を浮かべている。
願うならば、二人にはずっと笑顔でいてほしいと、そして幸せで穏やかな人生を歩んでほしいと思う。
もしかしたらこの先、その笑顔を脅かす何かがあるかもしれない。待っている未来は幸せだけではなく、思った以上に前途多難なものになるかもしれない。
せめて自分は、ずっと二人の味方でいよう、そう思った。
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