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「透さん、こっち向いて」  ぐったりと脱力する体をひっくり返し、快楽に溶け切った顔に唇を寄せる。半開きの唇から舌を差し込み、口中を味わう。透の体はどこもかしこも甘かった。 「悠、介くん……」  存分に味わい尽くしてから唇を解放すれば、荒い息の中で透が囁く。そして手を伸ばすと、すぐ近くにある悠介の頬を両手で挟み、その瞳を真っすぐに見据えてきた。 「僕は、つらい時期があってよかった。あの日々があったから君に会えて、今、こうしていることができる」  透は大事なことを伝えようとしている。悠介は黙ってその言葉を聞いていた。 「本当につらかった。苦しかった。けれど、あの日々があってよかった。今はそう思えるんだ」 「……うん」  そうやって過酷な日々を振り返ることのできる透は、自分より一回りも二回りも小さな体をしているのに、やっぱり「大人」なのだと実感する。今は少しだけその隔たりが切ない。だけど、これから少しずつ近づいていけばいい。透と悠介の日々は、始まったばかりなのだから。 「今までつらかった分、これからは俺がたっぷり甘やかすから」 「うん」  ふたりで笑うと、縺れ合ってベッドに倒れ込んだ。ただただ戯れるようにお互いの体に触ったり、口づけあったりしながら、体の火照りを冷ます。幸せすぎて眩暈がした。  そんな悠介の浮かれた時間は、唐突に鳴ったある音によって打ち破られる。ぐう、と。小さいながらもはっきりと、透の腹が鳴っていた。 「動いたらお腹すいたねえ」  恥ずかしがる様子もなく真面目な顔で腹をさするのだから、悠介は脱力してしまう。透の羞恥心というのがどのあたりに根差しているのかが本当に分からない。 「父さんたちが帰ってきたら夕飯にするよ。何か食べたいものある?」 「あっ、そういえばお弁当以外で悠介くんの手料理ってはじめてだね!」  そんな風に顔をぱっと明るくさせて言うものだから、透が望むのならばフルコースだろうが懐石料理だろうが、何でも作ってやろうと思えた。  透は悠介の腕の中を何度か転がりながらしばらくうんうん唸っていたが、やがて「決めた」と言って、正面から目を合わせてくる。とろんとした瞳。しかしその黒目の中には小さな光がいくつもチカチカと瞬いている。 「今日暑いし、サラダうどんが食べたい」 「だから何でいつもそうヘルシーなの? もっとカロリー高いやつにしてください!」 「ええ、だって僕うどん好きだし……」 「ああ、もう、はい。分かった。作りますから。そんな可愛い顔でオネダリしないでください」 「あ、あとパンが食べたい」 「パンんんん? この期に及んで?」 「うん、なんか毎日食べてたら好きになっちゃった」  屈託なく笑って、ころんと転がる透が可愛すぎて困る。こんなに可愛くてどうするのだろう。  手作りパンのレシピ本を買わなくては、と財布の中身を心配している悠介は、自分もまたどこかズレているということに気づいていない。

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