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第27話 最終話
あれから一ヶ月。事件翌日から大騒ぎになったが、ピッタリ3日で、そんな事件は知らないとばかりに一斉にテレビの報道が止まり、被るように大物俳優とアイドルグループの女の子の不倫報道に話題は取って代わった。不自然すぎる。壱哉が言っていた彼の父親が何か関わってるんだろうか……報道は止まっても、殺傷事件として警察は動いているし、青柳君の動機などから過去の事件も調べられることになるだろう。もちろん俺も聴取を受けた。当時未成年だった多数の学生による犯行。どこまで罪になり、どこまで明らかになるのかはわからないが、調べないわけには行かないだろうな。
ネットの方も程なく沈静化した。擁護派は事を荒立てて彼にこれ以上被害が及ばないようにという気遣いから。批判派は警察が動く事件に発展したことで、IPアドレスなどから個人が特定されかねない可能性が出てきたこともあるんだろう。うちの会社にも要請という名の圧力があったらしい。言われなくても今回の事件のことは記事にする気はないし、当事者としても他紙やテレビからの取材に応じる気はない。
あれから壱哉に出会ってからの行動と言葉を幾度も反芻した。そう自覚して振り返ると、どこをとっても告白にしか聞こえなくて顔が熱くなる。
『やりたいことしかしない』
あんなわかりやすい言葉があるだろうか……大人の汚い邪推と鈍感さを痛感した。だってお前若くて綺麗すぎるし、カリスマだし、俺おっさんだしそんなのまさかって思うだろ?
ーーごめんなーー鈍くて……。
でも今度は俺が返事をする番だ。あれから壱哉の携帯に幾度も連絡したが通じないし、留守電に残したメッセージにも返事はなかった。
今日はマンションまで来てエントランスから呼びかけたがやはり応答はない。
しかし帰る気はなかった。開けてくれるまで、ずっとここに居座ってやる。
「お帰りください」
エントランスに置いてある、ふわふわのソファーに、どかっと座ると上品な黒服のコンシェルジュが現れて腕を掴まれた。
「ちょっ、ちょっと! 居るくらいいいだろう?」
「ここは居住の方か、お知り合いの方のみがご利用いただけるスペースです」
「1002号室の松岡君の知り合い! 連絡して!」
言うと、にーちゃんは胡散臭げにマイクで連絡を取っている。
「お帰りいただくようにとのご伝言です」
「待って! 聞こえてるんだろ? 壱哉! 30分! いや5分でいいから話しさせて!」
黒いにーちゃんのピンマイクに入るように大声で叫ぶ。
「……そうですか? 承知しました。くれぐれもお気をつけて」
「ご案内するように申しつかりました」
不満そうにお辞儀をすると、真っ黒な重いエントランスの扉を開けてくれた。やっと会える。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
「これ以上、居座るなら警察呼ぶよ」
しかし部屋には入れてくれないし塩対応。がっちり施錠された厚いドアの隙間から冷たい声がする。しかしおじさんは挫けない!
「仕事辞めてきた」
「はあ?」
壱哉の呆れた声がする。そんな声でもいい。ずっと聴きたかった。元気そうで安心した。
「外に停めてあるから見てくれよ。ささやかだけど退職金が出たからキャンピングカーを買ったんだ。これで一緒に日本中を旅してYouTubeを発信しないか?」
「ばかじゃないの? それすぐに返してきて、会社に泣いて謝って戻してもらいなよ」
「もう決めたから。壱哉に振られたら1人で旅をするのもいいかもしれないな。一人でも配信してみようかな【おじさんの1人旅チャンネル】とかさーー」
「ださ。跳ねるわけないよ」
「だよなーー」
「…………僕がいれば別だけど」
しばらくすると、小さな声がした。
「そうだよな。広告収入欲しいし、かわいそうだと思って付き合ってくれないか?」
ドア越しに壱哉が泣いているのがわかった。早くここを開けて欲しい。抱きしめたい。
「国内が飽きたら外国にも行こう。もっとワイルドなライオンが見れるかも知れないぞ」
ガチャリとドアが開く音がした。中に入り下を向いたままの壱哉を強く抱きしめると泣きながら無言で頷いている。
良かった。一緒にもっともっと広い世界を見に行こう。たくさん外の世界を見せてやりたい。もっと陽の光を浴びさせて、山や海に行ったり、キャンプしたり、土地を借りて畑を耕すのもいい。
今度は俺が壱哉を守るよ。そして絶対世界はもっともっと輝いているんだって信じさせてやる。俺の気持ちも、ちゃんと伝えるからな。年甲斐もなく若い子に惚れちゃった厄介なおじさんに今度はお前が驚く番だ。覚悟しておけよ。
fin.
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