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第26話

 壱哉が教えてくれた緊急ボタンを押すとすぐにマンションのコンシェルジュが現れ、救急処置、各所への連絡など全て迅速に手配してくれ、壱哉はすぐに病院に搬送された。青柳君の身柄は警察に渡され、俺も簡単な聴取を受け後日再度検証に立ち合うことになっている。  壱哉は背中を刺されていたが、幸い肋骨が邪魔をして臓器を損傷することはなく、緊急手術は無事に成功した。  眠る壱哉の横に座り、自分の不甲斐なさを心底噛み締めた。俺のせいだ。俺の判断ミスが二人の青年を不幸にしてしまった。黒記者か……ほんとそうなのかもな……俺と関わるとほんとロクな結末にならない。  明け方、麻酔が切れたのか、壱哉は目を覚ますと大きな瞳で俺を見た。   「……悪かった。俺が甘かった」    会わせるべきじゃなかった。後悔してもしきれない。生きていてくれてよかった。暖かい壱哉の手を握ると安堵で涙が流れて止まらなった。   「……慣れてるよ。こんなこと」    悲しすぎるだろう……こんなことに慣れるなよ。   「なんで俺をかばったんだよ」   「……ほんとバカだよね。最初から何度も言ってるじゃない。どーでもいいおじさんのために、なんで僕がこんな痛い思いしなきゃなんないんだよ」    え……どういうことだ? え? 嘘? それは絶対ない方のパターンのやつだろう??   「……あの事件の後、病院で気がついたら、体は全然動かないし、目も開けられなくて、ずっと寝たまんまだった。ある日、看護士さんがイヤホンをつけてくれてテレビの音を聴かせてくれたんだよね。それで優護のこと知ったんだよ。ありもしないいじめを捏造して記事にしたとんでもない記者がテレビレポーターに糾弾されてた。でも僕はわかったよ。これは捻じ曲げられた事実だって……」  ……やっぱり最初から俺のこと知ってたんだな。   「そんなにいいもんじゃない。正義に酔ったバカな記者が、結果どれだけ人を傷つけるかも考えられず、勝手に記事を書いてたくさんの人を傷つけたんだ」    大手新聞社で勤務していた時、読者から『学校でいじめを受けている。助けて欲しい』との彼からのメールを受けとった。勝手に調べて、勝手に頭に血をのぼらせて、俺は無理矢理記事にして世間に出した。正義感なんかじゃない。俺は新聞社に入った自分の気概を果たすために彼を利用したんだ。結果は散々だった。相手は地元の有力者の息子で学校や生徒は結託しており、証拠は集めきれず逆にでっち上げの事件だと、弁護士をたてて訴えを起こされ田舎の小さな町で、彼と家族は不当な誹謗中傷を浴び、父親は仕事を奪われ、家族を離散させてしまった。謝っても謝りきれない。だから今度こそ誰も傷つけない方法を探したかった……なのに俺はまた同じことを繰り返してしまった。いやもっと酷い結末だ。  「……嬉しかったと思うよ。一人だけでも味方がいて」    言葉にぐっ……と胸が詰まりまた涙が出そうになった。壱哉が彼に代わって俺を許してくれたような気がした。壱哉は誰もいなかったのだろうか……?  彼のために怒り、悲しみ、相手を糾弾しようとしてくれるたった一人の味方も?   「あのまま死んじゃってもいいかとも思ったけど、どうしても優護に会ってみたかった。だから体がバラバラになりそうな痛みに耐えてリハビリもしたよ」    どうして気づかなかったんだ? あれだけ俺を優遇してくれたのも、男が怖いのに俺と寝たのも、復讐の足枷になるような行動ををしたのもそう考えれば、みんな符号がいくのに……。   「自分でもわからないんだよ。優護が復讐に協力してくれないのはわかってた。止めて欲しかったのかもしれない。見届けて欲しかったのかもしれない。優護に会って、このままでもいいかもしれないって何度も思ったけど、過去のかわいそうな自分がそれを許さないんだよ。だってさーー散々やられて一発も殴り返せなかったし、誰にも本当のことは知られず、死んじゃってたかも知れないなんて可哀想すぎるでしょ?」    俺は今まで何を見てきたんだろう……何が記者だ。なんにも本質に迫れていなかった。   「でももういいよ。もう人間なんか、ウンザリ。安心して多分もう沈静化するよ」    あげくこんな悲し過ぎることを壱哉に言わせてしまうなんて……。   「バイバイ黒木さん。もう帰って。二度と会わないよ」    言うと壱哉は目を瞑り、その後は何を呼びかけても答えてはくれず、俺は『これ以上患者を興奮させないでください』と看護士に促されて退出させられた後、それ以降、後日も面会は許されなかった。

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