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2.蜃-14

「…………!」  重ねられたサマリサの手がぴくりと強張るのがわかる。しかし、抵抗されることはなかった。  薄い彼の唇は、意外なことに、熟した果実のように柔らかかった。  彼の肌の発するふわりとした熱を頬に感じる。  じわりと、快さが脳に溢れる。  私は密着した口元を少し離し、また押し当てて、ふくりとした弾力をしばし楽しんだ。  ゆっくりと唇を離し、彼の髪から手を外す。  相対したサマリサの頬は、彼の髪の色もかくやの真っ赤に染まっていた。 「な……なんっ…………」  サマリサはぱくぱくと口を動かし、言葉にならない声を上げた。 「嫌だったか」  自分でも驚くほどの突然の衝動、行動だったのだ。気分を損ねても仕方がない。 「……や、嫌、じゃない。けど、あんた、こんな突然……!」  おや、と思う。  嫌ではなかったらしい。狼狽えるサマリサを尻目に、軽い安堵を覚える。 「……なんでだ? なんで急に、こんなこと……」  問われて、少し困った。理由など、そうしたくなったからという他にはない。衝動の込み上げた理由は、私にもわからない。 「——私は」  ゆっくりと言葉を探す。   「お前に触れるのも、触れられるのも好きだ」  それだけは確かだった。辛うじてはっきりと手に取れる感情。  もっと彼を撫でてやりたいし、撫でられたい。  抱きしめたいし、抱きしめられたい。  初めて覚えた痛烈な欲望だった。 「お前は温かくて、優しい。触れていると安らぐ。だからかもしれない」 「……猫を撫でるのと同じようなもんってことか」  少し落ち着きを取り戻したらしいサマリサの声には、どことなく拗ねたような響きがあった。 「すぐにくっついてくるとは思ってたけどな。……こっちの気も知らないで」  ふいとそっぽを向いてしまう。  私は何か声をかけようとして、はたと思い当たった。  「こっちの気」とは、何か。  ひょっとして、これが性欲というものだろうか。  これまでずっと、色恋とは無縁に生きてきた。元々人間そのものに関心が薄く、男にも女にも同等に興味を引かれなかった。    あまりにも馴染みのないことだったため、すぐには思い至らなかった。  しかし、私の感覚が性欲なのかはともかく、少なくとも彼が私に抱いているものがもしそうならば。    躊躇する理由がない。  もっと彼に触れたいという、この思いを。 「もっとしたいということか?」  そう問いかけると、サマリサは目を丸くしてたじろいだ。   「や、その」 「私は構わない。お前に近づけるなら」  ふと思いついて付け加える。 「……好きだ、サマリサ」  紛れもない本心だった。  薄闇にもわかるほど顔を紅潮させたサマリサは、しばらく逡巡していたが、やがて意を決したかのように私の顎に触れた。  私は軽く目を閉じる。  じれったくなるほどの間をおいて、はく、と、唇を優しく()まれた。  軽く口を開け、ゆっくりと差し込まれる舌の侵入を許す。迎え入れた厚ぼったい感触の裏をちろりと舐めると、粘ついた甘い味が広がった。  うごめく温かい肉に、そっと自分のものを添わせる。  戯れるように絡め合い、舐り合い、柔らかい甘さを求め合う。  もっと近づきたくて腰に腕をまわすと、強い力で抱き寄せられた。  くちゅ、ちぷ、と、弾ける淫らな水音。  くふ、ふぅ、と、弱々しい、抜けるような鼻息。  口内の感触と耳からの刺激に、脳の奥がじわじわと痺れていく。  と、サマリサがくるりと顔を捻った。 「……んむっ、……ぅ、ん……!」  より深くへと熱を押し込まれる。  壊れ物を扱うようだった舌の動きが、徐々に必死さを増してくる。  歯列をなぞられ、口蓋を這われ、全てを味わい尽くそうとするかのように隅々まで貪られる。 「んっ……、ふ、ぅ、……んくっ……」  含みきれなくなった唾液が口の端を伝った。  甘い快楽に支配され、だんだんと気が抜けかかり、頭がぼんやりしてくる。  縦横無尽の舌先に、半ば弄ばれるように従う。  なんとか意識を保とうとして、私はサマリサの背に縋りついた。  甘美な蹂躙がどれほど続いただろうか。  やがて、サマリサがゆっくりと唇を離した。  乱れた息をしながら、至近距離で見つめ合う。無言のサマリサの、きらきらと光る茶色い瞳には、これまで見たことのない情欲の炎がちらついていた。  その美しさに吸い込まれそうになって初めて、いつの間にか私たちがぴったりと体を寄せ合っていたことに気がついた。  絡めていた腕を解こうとして、ふと違和感が手を掠める。 「……ぁ」  サマリサの緩く締めた帯のさらに下、わずかな膨らみ。  気づかれたことに気づいたらしく、サマリサは慌てて身を捩り誤魔化そうとした。その可愛らしい姿に、むくりと悪戯心が湧く。  手を伸ばし、膨らみをゆるゆると撫で上げる。 「ちょっ、待っ!」 「嫌か?」  円を描くようにさすりながら問うと、これ以上ないほどに顔を赤らめたサマリサは、ぎゅっと口を引き結んだ。 「…………っ、言わせるなっ」  是ととっていい答えだろう。私は岩から立ち上がると、サマリサの前に跪いた。  もう一度じっくりと愛撫し、着物に手を滑り込ませて下着を外す。布を全てたくしあげると、ゆるりと勃ち上がったサマリサのそれが露わになった。    流石にここまでは赤紐が絡んでいないことにほっとする。  猛る男の象徴を、私はできるだけ優しく右手に取り、握り込んだ。  全体を包み込むように扱く。丹念にさすっていくと、手の中で段々と硬さを増していくのがわかった。  他人の逸物を弄った経験などない。同じ男同士とは言え、やはり他人だと勝手が違うもので、何とも不思議な気分がする。    もう片手を添え、くるくると指先で亀頭を摘み、擦る。裏の引っ掛かりに指が触れると、びくりとサマリサの腿が跳ね上がりかけた。手の腹で先端を軽く揉むと、耐えきれないかのように小さく声を漏らす。 「ぁ……、……っ!」  私はそこで手を止めた。サマリサが物欲しそうな、怪訝そうな顔でこちらを見る。  私は微笑み、彼の腹に頭を寄せ——先端に口付けた。 「なっ……っ!」  驚くサマリサを片手で制し、さらに顔を腿の間に埋める。根本から頭頂にかけて、見せつけるように丹念に舐め上げる。裏筋を舌でつつくと、ぶるぶると彼の全身が震えた。 「っぅ…………!」  唇を湿らせ、歯を立てないよう慎重に咥え込む。あまりに大きく、少し苦しい。最後まで入れ込めば喉の奥まで届きそうだ。  思わず眉を顰めると、口に収まるそれがまた少し質量を増した気がした。  ゆったりと、そして段々と足早に、私は彼の全体を包み込み、弄んだ。  淫靡な響きが互いの耳を犯す。やがてサマリサは切なそうに目を細め、喉の奥から搾り出すような喘ぎ声をあげ始めた。 「もっ……、ダメ、だ、テンキ……! 離せ……!」  私は目線だけ上にあげた。  軽く目を細めてみせる。口は離さない。  サマリサの表情が引きつった。  そのまま、裏筋から先端にかけてを擦り付けるように強く舐めた。 「……っああ……っ!」  噴き出す欲望を喉に受け止めた感触。私は満足しつつ、力を失った肉棒をそっと口から外す。  残った苦味の粘液をどうするか、しばし迷った。しかし、やはり逃すのは勿体無い。愛おしい彼の一部なのだから。  目を瞑り、ぐっと飲み下す。決して美味しくはない上に、喉に引っかかる。  瞼を開くと、ごくりと生唾を飲み込むサマリサと目があった。双眸に光る情欲の渦。  ……なんと愉快で愛らしいのだろう。味などどうでもいい。この顔を見ることができただけで十分な見返りだ。  私はふっと口角を上げた。 「——いずれ、もっとことをしようか」  腰を浮かせ、サマリサの背をそっと撫でる。着物越しの温度がどうにももどかしい。  しかし、そう急く必要もないのだ。 「約束したからな、これからもそばにいると。……時間はたっぷりある」  硬直したサマリサの耳元に顔を寄せ、囁く。 「お前の全てに触れてやる」  サマリサはしばらく息を止めていた。と、急にくつくつと笑い出す。降参とばかりに両手を軽く上げた。 「……魔性ってのはこのことだな」  なおも笑い続けながら、サマリサがふらりと動いた。  両腕で包み込まれ、首元に顔を埋められる。わずかにかかる身体の重みが心地よい。  私もそっと抱きしめ返した。  黄昏時の風すらも、私たちの熱を攫っていくことはできなかった。

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