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love you, too

 次の日もやっぱり遅刻してきた朋弥は、だけどいつもとはまるで違う空気をその身に纏っていた。 「…………今日も遅刻?」 「……」  いつもなら苦笑いか照れ笑いで謝るはずなのに、今日はただもそりと頷いただけで。  櫻木の問いかけにさえそんな反応を返して、無言のまま席に着いた朋弥の、綺麗なはずの目は真っ赤に充血していた。 (……朋弥……?)  昨日あの後、ずっと泣いていたのだろうか?  そう思うと胸が鈍く痛む。  けれど今はまだ朝のホームルーム中で、40人の生徒がいる。そんな中で軽々しく声を掛ける訳にもいかずに、出欠確認を続けるしかなくて。  内心の焦りが名前を噛むことに現れたけれど、それでも朋弥は他の生徒のように笑うこともせず、無表情に窓の外を眺めていた。 『朋弥くんのことが好きなんだ』  苦しそうに呟いた孝治くんは、その直後に痛そうに笑って。 『でも朋弥くんは……オレよりあの人がいいんでしょ?』  知ってるんだと、淋しそうに呟いた後で、見たこと無いくらい恐い顔した孝治くんが、妙に平べったい声を出した。 『こんなことなら、もっと早く言えば良かった』 『孝治くん……オレは……』 『慰めて欲しくなんか無いから』  いつになく厳しい声で遮った後、孝治くんは気まずそうに笑った。 『ゴメン。……忘れて』 『孝治く』 『忘れて。……オレが朋弥くんを好きだっていうのは、忘れないで欲しいけど……。みっともなくて格好悪いオレのことは、忘れて』  我が儘でゴメンねと、にっこり笑った孝治くんが、くるりと背中を向けて歩いていく。その傷ついた姿を、見送ることしかできなくて項垂れていたら。  その後すぐに、違う声に優しく呼ばれて。  ----ホッとした最低なオレ。  あんなにも大切な友達を傷つけた後なのに、心からホッとするくらい好き、なんて気付いた。  オレは最低だ。  泣くなんて卑怯だし、そんな資格ないって分ってるのに止められなかったのは、傷つけた痛みと、気付いた恋の苦しさのせいで。  自分のことしか考えてないって気付いて、自己嫌悪。  優しくされるのが苦しくて、逃げ出した弱さ。  自分の全部が嫌になる。  ----なのに。 「朋弥」  いつもと変わらない声にそう呼ばれた時。  やっぱりオレは、すごくホッとした。  あれから何日経っても朋弥の頑なさは変わらなくて。  イライラしてたオレに全てを教えてくれたのは、意外にも櫻木だった。 「ホントは嫌なんだけど」 「……何が?」  オレのとこへズカズカ歩いてきて開口一番そう言った櫻木の、心底嫌がってる顔を見ながらマヌケに聞いたオレに。 「朋弥くんのこと」 「……」 「……好きなんでしょ?」 「……」 「答えて下さい」  真っ直ぐ。睨みつけるみたいな強さで聞いてきた櫻木に、大人げないと分かっていながら、ケンカするみたいに睨み返して呟いた。 「だったら何」 「----なら。どうにかして下さい」 「……どうにか、って……」  それが出来たら苦労しないっつの、と胸の内で呟いたオレを、櫻木は嗤って。 「オレ、朋弥くんに告白しました」 「へっ!?」 「でもフラれましたけど」 「……フラ、れた……?」 「朋弥くんは、先生のことが好きなんですよ。見てれば分ります」 「……」  妙にキッパリと言った後で、なんでこんなオッサン一歩手前のチャラ男、なんてボロクソにオレのこと貶した櫻木は、最後に小さく呟いた。 「でも、しょうがないから。……朋弥くんのこと、お願いします」  返事も聞かずに歩いていく後ろ姿に、当たり前だろ、と呟き返した後で、保健室に走る。 『朋弥くん、ここんとこ寝れなかったらしくて、さっきの授業中、イスから落ちたんです』 『落ちたぁ?』 『ケガはしてませんけど、顔色悪かったんで、無理矢理保健室連れて行きました』  寝不足になるほど何かを考え込むなんて朋弥らしい、と小さく溜息をついて保健室のドアを開ける。  保健室のドアに下げられた『外出中』の札の通り、そこに養護教諭の姿はなかった。  奥のベッドの周りだけにカーテンが引かれ、誰かが----朋弥がいることを知らせている。  そっと近付いてみれば、苦しげに眉を寄せたままで眠っている朋弥がいた。 「…………泣いて、る……?」  閉じられた目尻に、数日前に見たばかりの涙を見つけて、ぎしりと胸の奥が痛む。 「……朋弥」  そっと呼んで涙を拭ってやれば、ひくり、と瞼が揺れて。  うっすらと開かれた瞳の向こうで、朋弥は心底ホッとしたような顔で微笑った。 「…………あいざ……」 「……朋弥……?」  その幼い笑みは、呼びかけにアッサリと姿を消す。 「…………なんで、ここにいんの?」 「……櫻木に、聞いたから」 「っ……」  不安を浮かべていた瞳が哀しそうに揺れた後、朋弥はゆっくりと首を振った。 「……オレ、最低なんだ」 「朋弥?」 「……孝治くんのこと傷つけたのに……なのに、相沢がオレの名前呼んでくれて、ホッとして……。自分のことばっか」  唐突な台詞についていけずに黙り込めば、唇だけが小さく嗤う。 「ゲンメツした?」 「何が?」 「だってオレ……孝治くんのこと傷つけた後に、自分のこと考えたんだ……。……相沢の声聞いて、自分だけ安心して……」  自嘲に歪む唇と、またしても溢れ出す涙と。  どちらも愛しく思えて、学校の保健室だと言うことを一時忘れ、その額に唇で触れた。 「あいざ……?」 「可愛いよ」 「は?」 「可愛い」 「何言って……」 「オレの声聞いて安心したんでしょ?」 「っ……それはっ……今はそんなこと」  さっと赤みの差す頬に手を添えて、今度はその唇にキスを贈る。  呆然と見つめてくるのに笑いかけてやってから、枕の上に散らばっている髪にくしゃりと触れた。 「あのね、朋弥。自分のことばっかって言うけどね。たぶん、普通のことなんだよ?」 「……」 「そんな風に一人で悩んで自分のこと責めなくていい」 「けどっ」 「朋弥だって櫻木と同じだけ苦しんだんじゃないの?」  そんなことないよと言い張る朋弥の言葉を、三度目のキスで封じてから 「恋した奴なんて、そんなもんだって」  わざとからかう口調で言ってやる。 「なッ」 「オレに恋してるんでしょ?」 「~~っ」 「テレなくていーってばv オレなら大歓迎~vvv」  ぎゅっと、とりあえず布団の上から抱き締めた後で、酸欠の魚みたいに口をパクパクさせる朋弥に笑いかけた。 「放課後、オレが送ってってあげるから、とりあえず今はゆっくり寝てなサイ? 顔色、やっぱりまだまだ悪いから」  ウィンク付きで言えば、結構です、と呟く朋弥に、エンリョすんな、と笑って。  なんか間違ったかも、と小さく呟いた朋弥に、そんなことないよと笑ってみせる。 「だってオレは、この宇宙一、朋弥のこと愛してるからねv」 「バッカじゃないの」  返ってきた呆れたようなその言葉は。  だけど、どこか嬉しそうに聞こえた。  僕らの愛は、今から始まる。

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