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21、触れて、とろけて
「ん、んんぅ、ンっ……んは……ぁっ……」
二十五歳にして初めてのキスだ。
唾液でとろりと濡れた柔らかな唇が僕のそれに重なるたび、僕は戸惑いがちに吐息を漏らした。なにぶん初めてなので、息継ぎのタイミングがわからない。変な声を漏らしてしまうのは恥ずかしいけれど、由季央の唇の感触はあまりにも気持ちが良くて、息をする時間さえももったいないと思ってしまう。
熱い舌が僕の歯列をそっと辿る。そのくすぐったさに驚いて口を開くとするりと由季央の舌が僕の口内に入り込んできた。あやされるように粘膜を撫でられるたび、性感をともなったくすぐったさがぞくぞくと込み上げて、僕は「ふぁ……ぁっ……」と間の抜けた声を上げていた。すると由季央は少し微笑み、唇を離して僕を見つめる。
そっと前髪をかき上げられる感触にさえ感じさせられ、喉の奥から「んん……」と甘えた声が溢れてしまう。愛おしげに僕を見つめる由季央の瞳は、いつにも増して深い色をしている。欲を秘めて揺らめくような光を宿した美しい瞳を、すっかり力が入らなくなってしまった目で僕は見上げた。
——きもちいい……なんだこれ、唇同士がくっついてるだけなのに、なんでこんなにふわふわするんだろう……
「……ゆき……」
「お前……そんな顔できるんだな」
「……へ?」
「なんか……すげぇ可愛い顔になってんぞ」
「か、かわ……?」
由季央は少し苦しげな表情で微笑むと、もう一度僕の下唇を軽く吸った。そして軽やかに僕の唇を啄みつつ、めくれあがっていた僕のパジャマの裾をするするとたくしあげてゆく。ズボンなしのパジャマの中はすぐに下着だ。人に触られたことのない場所をじかに触られたことに仰天した僕は、脚をばたつかせて由季央のバスローブをぎゅっと掴んだ。
「っ……ばかっ……どこさわって……っ!!」
「どこって、太もも撫でただけじゃん。てか、すごい締まってんなお前の脚」
「そうだろ? 毎日鍛えてるからな」
「そういや、空港で変態蹴り飛ばしてたっけ」
「ふふん、こう見えて結構蹴りの強さは自慢なんだ」
「へぇ〜怖。今はやめろよな」
脚の筋肉を褒められて良い気分にさせられているうち、気づけば由季央を両脚の間に挟み込むような格好にさせられている。由季央は上半身を起こし、しげしげと僕の太ももを見つめながらそっとさすった。
別にいやらしげもない手つきだが、由季央に触れられるだけで僕の肌は快楽を拾い上げてしまうらしい。時折肌を震わせながら「やめろっ、くすぐったい……!」と強がりを言う僕を見下ろして、由季央はうっそりと唇を吊り上げた。
「……なぁ、ここ、どうなってるか分かる?」
「え……?」
「まだキスくらいしかしてねーのに。……ほら、ここ」
すっかりめくれ上がってしまったパジャマの裾からは、僕のボクサーパンツがすっかりあらわになっていた。しかも布地の中心はふっくらと形をもって膨れ上がっているではないか。恥ずかしさのあまりかぁぁぁと顔が熱くなり、咄嗟に手でそこを隠そうとするも、あえなく阻止されてしまった。
掴まれた手を握り込まれ、そのままぐっとシーツに縫い付けられる。
「見るなバカぁ、ぁっ……」
「ほら、しっかり硬いじゃん。オメガもこんなふうになるんだな」
「ばかっ、……ぁっ……や、そんなさわりかたっ……」
つう……と指先で布越しに撫で下ろされたり、先端をくにくにといじられたりするたび、ビクビクと腰が勝手に跳ねてしまう。股間をやわやわと愛撫されながら再びキスを浴びせられ、僕はくぐもった声を漏らしながら身悶えた。
キスとともにふわふわと僕の頭を痺れさせ続けているのは、芳しいフェロモンの香りだ。由季央の肌からはあの甘い香りを強く感じて、僕の理性をじわじわと侵食してゆく。
「ん、っん……ぁ、あぅ、っ……ん」
気持ち良いところを愛撫されるたびに腰を揺らして、喘ぎ喘ぎ息継ぎをする僕の中に、由季央の舌が侵入してきた。由季央の舌は柔らかくて、とても甘い。舌と舌を絡めると、とろけるように気持ちが良かった。僕はいつしか夢中になって由季央の舌を味わい、粘膜を擦り上げられるたびにくぐもった声をあげた。
不意に、由季央が唇を離した。どちらのものとも分からない唾液が、つう……と透明な糸となって僕らの唇を繋ぐ。僕を見据える由季央の瞳にはさらに深く欲の色がちらついて、吐息はますます熱くなり始めている。
もうキスをしてくれないのだろうかと思って小首を傾げると、由季央は「はぁ〜〜……」と長いため息をつき、握ったままの僕の手と指を絡めた。
「……お前さ、思ったより声出すんだな」
「えっ……!? うるさかったか……?」
「いやいや、全然! すげぇエロくて、煽られるって意味」
「え、エロ……?」
「うん。だからもっと、聞かせてよ」
囁くようにそう言うや、由季央はするりと肩からバスローブを滑らせた。突然由季央の裸体(パンツは穿いているが)が目の前で露わになり、僕はゴクリと息を呑む。
しなやかな筋肉に覆われた青年らしい肉体は、まるで美術品のように完璧なフォルムだ。バスルームから漏れる微かな明かりを受けて、滑らかな肌がしっとりと艶めいている。
ちょっと憎たらしいのは、普段から筋トレを欠かさない僕よりもずっと…………いや違う、僕と同じくらい、由季央の肉体が筋肉質であるという事実だ。淡く盛り上がった大胸筋、引き締まった腹回りと魅惑的な鼠蹊部。さらには長い手脚にも理想的な筋肉が備わっていて、身体のラインが惚れ惚れするほど美しい。
うっとりと由季央の肉体に見惚れているうち、ぷちぷちとパジャマのボタンが外されていた。僕の身体をしげしげと見つめる由季央の視線にさえ興奮を誘われて、僕はふるりと肌を震わせる。
陶然とした眼差しで僕を見下ろし、する……と鳩尾から下腹のあたりまで淡く指先でなで下ろされて、僕は思わず「うぁ、っ……!」と間の抜けた声を漏らしてしまった。
「すげ……エロい身体してんなお前」
「は……? エロいだと? 僕の引き締まった細マッチョボディがどうエロいって……」
「なに怒ってんだよ。褒めてんだろ」
「はぁ?」
由季央は小さく微笑んだあと身を屈めて、僕の首筋に唇を押し付けた。どうやら僕は首筋が敏感であるらしく、由季央が甘噛みするような動きをするだけで「ふわ、わっ……」と声をあげてしまう。
やがてその唇は徐々に下へと降りてゆく。喉仏に軽くキスをされた後、鎖骨にもしっとりと濡れた唇が柔らかく触れた。それはそのまま鳩尾からさらに下、腹の中心を通って僕のへそにまで。
リップ音のあとに上目遣いでこちらを見上げ、由季央が唇を吊り上げた。その指が僕のボクサーパンツにかかり、制止する間もなく下着を下ろされて、屹立した僕の性器が露わにされてしまう。
しかも、あろうことか由季央は舌を伸ばして、反り返った僕のそれをゆっくりと舐め上げた。
「ァっ……!! ばかっ……なにしてっ……!!」
脚を閉じて抵抗しようとしたけれど、ぐいと膝頭を掴まれ、くっぽりと屹立を飲み込まれてしまった。淫らに濡れた音を立てて僕のそれをゆっくりの飲み込み、舌を絡ませながら扱かれる。これまで淡い快感にふわふわと酔いしれていた身体に、突然の甘く痺れるような刺激が与えられ、僕は思わず腰を浮かせた。
「ァ……あっ……! ゆき、やだ、そんな……っ……!」
——は、初めてのキスの後にいきなりフェラチオは高度すぎる……!
この淫らな行為をやめさせようと由季央の肩に手を伸ばすけれど、まったく力が入らない。恥ずかしくてたまらないけれど、そこから押し寄せてくる刺激はクセになるほどの性的快感だ。
次第に抵抗の意志は失せ、僕の口からはただ「ぁ、ん、やめろ、やめろよっ……」と甘く濡れた声しか出てこなくなってしまった。いつしか僕はくったりとベッドに沈み込み、由季央のフェラチオに合わせて腰を振るようになっていた。
——ぁ、ああ……なんだこれ……!! ……きもちいい、っ……きもちいよぉ……っ!
口では「まって」「はなせ」と言いながら、快楽を貪欲に求めて腰を振る。そんな僕の興奮が伝わるのだろう。くちくちと根本を扱く由季央の手つきにも徐々に性急さが滲み始め、口淫がさらに激しく、大胆になる。
そしてあっという間に僕は射精させられていた。こうなってしまう前に、「出てしまうから離してくれ」と言いたかったのに、由季央から与えられる快楽を手放したくない気持ちが優ってしまった……。
「ん、はぁっ……はぁっ。あの、ごめ……ごめん」
由季央の喉奥に思い切り吐精してしまったことを、息も絶え絶えになりながら謝っていると、僕の膝頭を掴んでいた由季央の手がようやく緩む。そしてちゅぷ……と音を立て、由季央が僕の屹立からようやく口を離した。
「……春記のコレ、すげぇ甘い」
「うっ……うそだ、そんなことあるわけ……」
「相性が良いと互いの体液を甘く感じるって聞いたことあるけど、マジなのかもな」
ぺろ……と唇を舐める由季央の妖艶さに、目からクラクラさせられる。僕は息を乱しながら由季央を見上げ、「……相性、か……」と喘ぐようにつぶやいた。
「たしかに、由季と、き、キスしたとき……甘いって、思った」
「そっか。ははっ、そーなんだ」
「由季に触られると……なんか、そこがきゅんとするっていうか……。いま、されたやつも……気持ちよくて、腰から下が溶けてなくなりそうな感じがしたし……」
『フェラチオ』などという破廉恥な言葉をいきなり口にすることは憚られ、僕は恥じらいながらそう言った。すると由季央はやや紅潮した頬をさらに赤く染め、どこか皮肉っぽいような顔で照れ笑いを浮かべる。
「……へぇ、褒めてくれんの?」
「えっ? あ……いや、率直な感想……?」
「ふはっ。そっか、……嬉しいよ」
ふたたび僕の上に四つ這いになり、由季央は笑った。濡れた唇の淫らな艶めきと、興奮の滲む潤んだ瞳に見据えられ、きゅうんと腹の奥が切なく疼く。
その瞬間、とろりとした何かがそこから溢れ出すような感覚があり、僕は思わず息を呑んだ。
抑制剤でヒートを散らしているとき、時折どうしても腹の奥が疼いてどうしようもなくなるときがある。ただでさえ、このときばかりは判断力は鈍るし身体の動きにキレがなくなるしで、仕事に支障が出ることを辟易しているというのに。
ぐったり疲れてそのまま眠りたい夜でさえ、ムラッと湧き上がってくる生理的な欲求に抗えないときがある。
普段は控えめなサイズ感の僕の性器も、その時ばかりは嵩を増して勃ち上がり、物欲しげによだれを垂らす。そこを扱けばもちろん快感を得ることはできるけれど、それと同時にうずうずと刺激を求めてひくつくのは後孔だ。
そこを埋めるものを求めてトロトロと分泌液を溢れさせるオメガの肉体が、嫌で嫌でたまらなかった。頭ではコントロールできない本能的な肉欲に翻弄されたくなくて、しゃかりきに筋トレに勤しんで欲求を散らしたりしていたものだった。
自分には必要のない欲望だと思っていた。父のようになりたいという夢のためだけに、ストイックに自分を管理しながら生きてきた。ずっとこういう生活が続くのだと、続けばいいと思っていたけれど……由季央と出会って何かが変わった。鎖に繋いで、頑なに己の管理下に置こうとしていたオメガの性が、騒がしいほどに本能を主張し始めている。
——もっと、したいな……。こんなのじゃ全然足りない。由季に、抱かれたい……
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