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23、呼び出し

 そして翌日。  僕の目の前には、ででん、と伊月邸のどでかい門が聳えている。いつぞや、由季央の養母である貴親氏に茶をぶっかけて以来の来訪だ。正直気まずい……。  隣に立つ由季央の横顔にもほんのりと緊張が漂っているような気がする。  険しい表情で前方を見据えている横顔を見上げ、僕は肘で由季央の腕を小突いた。 「何をされるのかはわからないけど、とりあえず入ろう」 「ああ、そうだな。……くそっ、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しやがって……」 「そっ……そ、そういうこと言うなご実家の目の前で!」  眉間に皺が寄っているのは、ビビっているからではなく不機嫌のせいらしい。  確かに、ついさっきまで、僕らはベッドの中にいた。  昨晩、初めての行為でイキ疲れてしまった僕は、由季央と湯船に浸かりながらうとうとしてしまい、そのまま朝まで眠りこけていた。そんな中、由季央は僕の身体を拭いたりベッドを整えてくれたりしてくれていたようで、とても心地よい朝の目覚めを迎えることができたのである。  もっとあちこち痛くなるのかな……と思っていたけれど、普段から柔軟筋トレストレッチを欠かさなかったおかげか、どこにも不調は見られなかった。唯一違和感があるとすれば、尻だ。体格にも比例するが、アルファの性器はオメガのそれとは比較にならないほど凶暴な大きさと形状をしている。それを長時間に渡って受け入れ続けていた僕の後孔には、どことなく重だるいような、経験したことのない疲労感が漂っていた。  だが、僕を抱きしめて寝息を立てる由季央の寝顔は可愛くて、きゅんと胸が高鳴った。目の前にある形のいい唇を指先でふにふにと捏ねていると心地がいい。生意気なことばかり言う口だが、由季央のキスは言葉とは裏腹にとても優しく、そしてとても甘かった。  幾度となく僕の中で達していた由季央の表情を思い出すと、胸ではなく腹の奥のほうが小さく疼くのを感じた。普段のクールな表情からは想像もつかない、ひりつくような熱い眼差しでまっすぐに射抜かれながら最奥まで愛し尽くされたあの悦びを思い出すだけで……僕は小さく肌を震わせ、もぞもぞとベッドから起き上がる。  ——……いかんいかん、もう朝だってのに、またやりたくなってしまう……  先に起き出して身支度を整えておこうかと思ったけれど、ブランケットの中で手首を掴まれ、僕は由季央のほうを見た。無防備な寝ぼけ眼で僕を見上げる由季央の髪を撫で、僕は照れ臭さを押し殺しながら「おはよう」と言う。 「……ん……もう起きんの?」 「ああ……うん。もう朝だしな」 「もうちょっと……いーだろ。こっちこいよ」 「わっ」  ぐいと腕を引かれ、僕はベッドに逆戻りしていた。正面からぎゅっと抱きしめられ、甘い香りと心地よいぬくもりに包み込まれていると、なんだかとても安心できた。  なんの気なしに視線を持ち上げてみると、すぐに唇にキスされた。たわむれのような、甘えられているような、啄むような軽いキスを繰り返すうち、徐々に身体が熱くなり始める。 「ん、こら……っ、由季、」 「……なぁ、しよ?」 「へっ!? こ、こんな朝っぱらからか!?」 「いいじゃん、朝でも」 「え? い、いいもんなの、か……? っ、ぁ……」  する……とパジャマの中へ滑り込んできた由季央の手のひらに腰を撫でられ、ふにゃりと力が抜けてしまう。そのまま下着の中にするりと入り込んできた手のひらが、僕の尻たぶを弄ぶ。 「ん、っ……ぁ、あ……」 「春記……ここ、挿れたい」 「ん、ぁっ……」  いつの間にやらと驚くしかない。僕の後孔はすっかりとろみを纏って、由季央からの愛撫を欲しがっている。  以前の僕なら、こういうオメガの肉体のふしだらさには辟易するばかりだったが、欲してもらえることに本能的な悦びを見出してしまった今、もうその欲望に抗うことはできない。 「ぁ、由季っ……ん、っ……ン」  きつく抱きしめられながら、愛蜜で潤んだそこを指で抽送され、僕はあられもなく声を出して乱れた。ちゅく、ちゅぷ……と濡れた音があまりにも淫らで、指で浅いところをやわやわと愛撫されるのが気持ちが良くて、そして同時にもどかしくて……。 「し、したい、僕も……っ!」  と、羞恥心をかなぐり捨てて由季央を求めたその瞬間。  けたたましい電子音が、高まりゆく僕らのムードに水をさす。  ピリリリリ!! と響き渡る機械的な音で、部屋の空気が一気に現実感を増していった。 「……君のスマホだ」 「……くそっ……なんだよ、いーとこだったのに……」  はぁ〜〜〜……と煩わしげにため息をつきつきベッドから出た由季央が、ソファセットのテーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取った。うっかり熱ってしまった身体を持て余しながら、僕はその様子を眺めていたのだが……。  その電話は、由季央の養父である伊月龍之介氏からだった。  みるみる背筋が伸び、緊張した面持ちへと変化していく由季央の横顔に、僕は只事ではない様子を察知していた。    案の定、こうして実家に呼び出しだ。しかも、僕もセットで連れてこいとのご命令だったらしい。  そして今、僕はそろって伊月邸の目の前に立っているというわけである。  若干今も軽くイラついている様子の由季央だが、諦めたように門扉に手をかけ、敷地内へと進んでゆく。その背後について歩きながら、今日の呼び出しの理由について考えてみるのだが……まぁ、良い予感はまったくしない。 「あっ……兄さん!!」  とそこへ、由季央の弟・望が玄関から飛び出してきたではないか。由季央の背後からにゅっと首を伸ばしてみると、僕を視界に認めたらしい望がぴたりと足を止めた。兄に縋りたそうなうるうるの瞳をしていた望の目が一瞬にして据わり、じろりと睨まれてしまう。 「なんでお前までいるんだよ」 「なんでも何も、僕は由季のパートナーだ。いないほうがおかしいだろ」 「いなくていい、いや、いる必要まったくない。帰れ」  じとっとした目で睨まれながらビシッと門の外を指さされる。すると由季央が「こら! 失礼なこと言うんじゃねー」と弟を制している。僕はため息をついた。 「……やれやれ。兄弟揃って口の悪い」 「うるさい! 部外者は黙ってろ!」 「望、いい加減にしろって。……で、どうした。何慌ててんの」 「……兄さん」  兄からの問いかけに、望の目が再びうるうると潤んでゆく。とても不安げな顔だ。由季央も何か察したらしく、小首を傾げて弟の肩に手を置く。 「どうしたんだよ」 「母さんが父さんにブチギレてて……もう、手がつけられないんだよっ!」 「ブチギレ……? 龍之介さんにベタ惚れの貴親が?」 「そうなんだよ……! 早く、早く止めてよ、兄さん……!」  と、望が半泣きで由季央に縋りつく。  どうやら、伊月邸の中では今、実子である望が困惑してしまうほどの大修羅場が繰り広げられているらしい。  つかみ合いの大喧嘩か、はたまた貴親が旦那に暴力でも振るっているのか——とにかく、冷静に二人の間に割って入ることのできる人材が必要な状況に違いない。 「揉め事か。よし、僕がなんとかしよう」  僕は俄然張り切って、ずいと二人を差し置いて、伊月邸の敷居をまたぐ。  すると背後から「なんでお前が仕切ってるんだよ!!」と喚く望の声が追いかけてきた。

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