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脅迫という名のプロポーズ

「ねぇ、僕と結婚してくれる?」  そう言って俺の目の前に現れたのは中学の時に付き合っていた夏越(なごし)。俺に受け入れてもらえると信じているのだろうか。自信満々に淀みなく言い切った。俺としてはとっくの昔に縁は切れていると思っていたのに……。 「何で?」  だから意味がわからなかった。どうして久々に会っただけなのに結婚を申し込まれるのか理解できなかったから。 「だって同性婚が認められたじゃないか! これは運命だよ? 運命! ゆうくんと僕の!」  夏越が必死になって叫ぶ姿にかなり引いていた。今、俺がいる場所は街中で。通行人の目が痛いぐらいに刺さっている。まさかこんな場所で会うなんて思ってもいなかったから冷や汗が止まらない。 「ごめん、用事思い出したから帰るわ」  これ以上、夏越と一緒にいるのはガチでヤバいと判断し、その場から逃げようとした。だが、あいつは逃さないというように俺の手をガッシリと掴む。 「痛っ!」  すぐに手首をひねり回して夏越の手から逃れた。握り締められた手首には一瞬の出来事にも関わらず指の跡が赤く残っている。ドクン、ドクンと心臓が強く脈打つ中、掴まれた手首を守るように胸元に添えた。 「帰るなんてダメだよ、ゆうくん。今から役所に婚姻届を出しに行くんだから」  夏越しがスクエアリュックの中から出してきたのは、ピンクの婚姻届。CMとかでよく見る雑誌の付録のやつだ。 「いやでも親の承認がいるでしょ? 俺達……まだ未成年なんだし」  いくら同性婚が決まったっていっても親の承認がなければ認められなかったはず。それなのに夏越は動揺する素振りを見せず、にっこりと笑った。 「あぁ~ゆうくんは、そんな事を心配していたの? 大丈夫だよ! ほら見てごらん」  差し出された婚姻届を見て驚いた。そこには無いと思っていた自分の親の名前があったから。 「後は、ゆうくんの名前を書けば完璧!」  茫然としている俺の腕に絡みつき、ほらほら早く行こうよ~っと腕を引っ張られる。勢いでふらふらと歩いたけど、このまま流されたくなくて立ち止まる。 「俺、まだ結婚とか、早いと思う」  色々と急展開すぎて頭が回らない。それでも夏越と結婚だなんてどうしても想像が出来なかった。けど、この選択肢は間違えてしまったらしい。 「ゆうくん、何言ってんの?」  目が笑っていない。そして腕を強く掴まれる。 「え?」 「最初に好きになったのは、ゆうくんの方なのに……別れて欲しいって言ったの、ゆうくんなのに……」  ギリッと捕まれた腕が痛い。締め付けてくる力は段々と強くなってくる。 「それ……は」  そう返すのが精一杯だった。だって何を言っても聞いてもらえなさそうだったから。 「だから、迎えに来たんだよ? あの日の約束を果たすためにね」 「や、約束? そんなことした覚えがないんだけど……」  約束なんて全く覚えていない。 「今はいいよ、時間はたっぷりあるんだし。これから一緒に少しずつ思い出していこうね」  じゃあ役所に行こうか、と今度は恋人繋ぎをされ歩き始めた。 「夏越、ちょっと待って」  そこで初めて彼の名前を呼んだ。夏越は止まって俺の顔を覗き込む。 「また他人のフリでもするつもり? そんなの許さないから」 「そういうつもりじゃなくて。ちょっとそこのカフェにでも行かないか? 久々に会ったんだから夏越と話がしたい」 「なーんだ! そういう意味だったんだね。ふふっ、僕もゆうくんといっぱい話がしたいと思っていたんだ」  とりま役所行きは(まぬが)れた。後はどう結婚を回避できるかだ。

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