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第4話

「では君にとって、コロラトゥーラソプラノと言えばルチアーナ・セッラなんだ?」 「オペラ作品によって好きな歌手は変わりますから、唯一と言う訳ではありません。パルミラのアウレリアーノとか、夜の女王のアリアならルチアーナ・セッラが好きです」 何時もと違う茶菓子と席の数。 そして錦に構う兄の姿を認め、ぐっとテーブルの下で拳を握る。 初対面で険悪とも言える空気を発した二人だが、今は和やかに話をしている。それが、酷くショックだった。 錦は兄から自分を庇ってくれたのに。 今は、自分を傷つけた兄と仲良く話をしているではないか。 そして、次に焦りを感じる。 錦はもう自分等どうでも良いのかもしれない。 神様の様な錦なのだから、つまらない自分等、道に転がる小石程度の存在なのかもしれない。 絶望感を感じながら、テーブルに飾られた芍薬を眺めた。 花越しに錦はティーカップをソーサーに戻す。 「夜の女王のアリアで他に好きな歌手は?」 先程までマドレーヌに夢中だった弟が目を輝かせ話題に飛びつく。 「定番になるがクリスティーナ・ドイテコムが好みかな」 「へぇ、錦さん僕と同じだ。クリスティーナ・ドイテコムは僕も好き。あのまだ余裕ありますよってな高音部分が聞き易いよね。エッダ・モーザーとかディアナ・ダムラウは? 夜の女王のアリアと言えばルチア・ポップとかも良いよね」 敬語で話していたのは最初だけで、慣れれば生来の人懐っこさで錦に話しかける。弟は「どの歌手も好きで聞き比べていたら途中で誰が誰か分からなくなった」と笑えば、錦が真剣な顔をして「自分も同じことをした」と言う。 「聴き比べは誰でもする事だと思うけど、錦さんでも、誰が歌ってるか分からなくなることがあるんだ? 意外だね」 「二回聞けば聞き分ける事は出来る」 「そうなんだ。僕は四回目でもうごちゃごちゃになったよ」 ケラケラと無邪気に笑い、はしゃぐ弟に不愉快になる。 姉が「ロバータ・ピータースは?」と聞くと弟は「うーん……嫌いじゃないけど、高音の部分がなぁ」と首を傾げた。

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