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第7話
ただ待ち続ける事は愚かだと知った。
欲さなければ与えられない。
願うばかりでは声は届かない。
手を伸ばし錦の腕を掴まなくては、救い上げる事など出来ない。
このままだと、本当に錦との縁は切れる。
解けかけたそれを今結び直さなくては、彼の視界から完全に無かったものにされる。
家とか立場とかそんな付加価値を全て取り去り、個である互いが残れば、真の意味で互いの唯一になれる筈だ。
彼の孤独も彼を縛る全てを解ききれば、彼は変わる。
彼を構成する要素が失われるかもしれない。
あの冷やかな聖性は失われるかもしれない。
だから何だと言うんだ。錦は、錦だ。
目の前に立つ相手が誰であろうと、毅然とした眼差しを向けた彼だからこそ、憧れ強く惹かれた。
一つでも彼を構成する物が損なわれるのが嫌だった。
でも今では彼の神聖さが失われても構わないとさえ感じた。
美貌が失われるわけでも、強靭さが損なわれるわけではないのだ。
彼は変わるかもしれないが、根幹は変わるわけでは無い。
清らかさは変わらず其処にあるだろう。
自分はすでに腐り始めているというのに。
独り笑った。
彼を失う位なら、死んでも良いと思っていた時期もあったのだ。
未練などこの世にないと諦めた時を思えば、まだ活路は有るではないか。
恐るべきは、もしかしたら、錦にとっての理解者が自分の他に現れるかもしれない事と、完全に彼から忘れ去られてしまう事だ。
それこそ、死別と同じではないか。
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