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最後の挨拶

「幸せだ。――紗江は幸せじゃないのか」 誘い水だった。 これで最後にしようと考えた。 紗江が何か悩みでも吐かないかと思ったのだ。 やはり、何かがあるとしか思えないのだ。 もう少ししたら、紗江から何か切り出すのでは無いか。 そう思うと同時に、これ以上踏み込むのは止せと警告をする。 本当に紗江にとって困ったことがあり相談されたとしても、錦がどうにか出来るとは思えない。 だから彼女が何も言わなければ、今度こそ帰途につこうと考えた。 紗江はぼんやりとした顔で錦を見つめ、次に肩を震わして笑い出す。 声を出し笑う紗江は、楽しいと言うよりは――どこか白々しくて、少しヒステリックな響きがある。楽しさを態と塗布した笑みだ。 「――紗江。何か困ったことがあるとか言いたい事があるんじゃないのか」 あぁ、そうだね。 紗江は晴れやかな表情を見せる。 「留学でカナダに行くんだ」 予期せぬ言葉だった。 留学する事を言いたかったなら、もっと早くに切り出せたのに。 何を戸惑っていたのか。 本当にそれだけなのだろうか。 紗江の行動はどこかおかしくないか。 「だから、最後に錦君の顔どうしても見たくなったの」 兄の紹介で決まったホームステイ先には、紗江と同年代の少女がいるらしい。絵を描くという共通の趣味があるので、会う前からすでに親しみを感じているのだとか。 「その子は油絵が得意なんだって。会ったら一緒に絵を描きたいなぁ。同じ景色を油絵と水彩画で描いてみるのって面白そうじゃ無い?」 「全く違う雰囲気に仕上がるだろうから、見比べると面白いだろうな」 紗江は水彩画を得意としていた。 人物画よりは風景や動物、特に植物を好んで描いていた。 紗江が通っていた絵画教室が開催した展示会にも出かけたことがある。 同年代の生徒達の展示物の中でも、最も繊細な出来映えだった。 柔らかな色彩で描き上げた植物の絵は見るだけで不思議と癒やされる。 「帰国の予定は?」 「帰国は、分んない。大学もあっちの方で決めるつもり。デザインの勉強に興味があるんだ。将来はデザイナーになりたいな」 「うん。それは良い。紗江なら直ぐに人気のデザイナーになれる」 「不安もあるけど新しい環境にワクワクもしてるよ」 「誰だって新しい環境に馴染むまでは多少の苦労はするさ。そうだカナダならオーロラ鑑賞が楽しめるぞ。しかも冬だけじゃない。夏にも見れるなんて良いじゃないか」 「そうなの。オーロラって冬にしか見れないのかと思ってた。でも私、英語話せないから心配。どうしようかな」 「俺も話せないぞ。恥じる事は無い。環境に馴染むにつれ話せるようになる。方便と同じだ。努力次第でどうにかなる」 「錦君、もしかして励ましてるの?」 「……そうだが」

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