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第6話

電話をかけるのに戸惑いは無かった。 昨夜と違い迷うこと無く受話器を取る。 平日の昼間だが、紗江は恐らく在宅している。 とはいえ電話に出るかは分らない。 呼び出し音を聞きながら、早く出ろと念じる。 留守番電話のアナウンスが流れフックスイッチを押しかけたところで、ガチャリと受話器を上げる音がした。 人工的なそれが少年の声に変わる。 電話が切れる前に、慌てて出たようだ。 『もしもし、秋庭です』 記憶と同じ高い声。それは少女の物では無くあどけない少年のものだ。 紗江の弟の秋庭 湊だ。切羽詰まった喋り方だった。 『――……あ、あの、錦、さん?』 こちらが名乗る前に、問われる。 違う人間からだったらどうするんだ。 「……湊か?」 『嘘、本当に錦さん?』 息を呑んだ相手が急に小声になる。前触れも無く縁が切れた筈の姉の元婚約者からの電話だ。確かに驚くだろう。 二年ぶりなので挨拶を口にしかけた所で湊は興奮気味に言葉を続ける。 興奮は喜びでは無く焦燥が入り交じる。 『え? どうしたの? あっ、錦さん昨日電話した? 着信履歴が残っていて錦さん家からだったから驚いて、ごめんなさい昨日は色々あって』 しどろもどろと言葉をつなぐ。 湊は電話相手が誰か分らないが朝比奈家からの着信履歴をみて、錦だと思ったようだ。混乱しながらも弁解をしている。 『この電話も番号みて慌てて出たんだけど、何で、その、電話してくれたの』 「突然申し訳ない。紗江に用があるんだ。取り次いで貰えないか」 『――……紗江ちゃん……あぁ、あのね、紗江ちゃんね、さっさ……えちゃっ……』

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