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第4話
父親の唇が動く。
そう言えば、錦は彼に笑いかけられた記憶が無い。
この唇が笑んだところを見た記憶が無い。
忘れただけだろうか。
錦は思慕の情を何処かに置き忘れたかのような錯覚を覚える。
上手く麻痺している、遠くでそう聞こえる。
以前なら、胸の痛みを覚え父の視線を受けながら俯きがちだった。
愛を乞う相手からの冷眼に苦しみと羞恥に身を凍らせていた。
捨てきれなくても、無くせなくても――今は、もう何も感じない筈だった。
腐り壊死した思考で凪いだ気持ちで四つの瞳を見返す。
視線が鋭く重い。重さを感じる。
まだ、生きている部分がある。
感覚がまだある。
まだ、感じる部分がある。
母の寄せられた柳眉。
非難の眼差し。
増していく重力。
捨てることの出来ない愛情が足首を掴む。
許されない感情の根源とその存在。
「錦」
名前を呼ばれた時に、パチンと聞こえるはずの無い音をたてて全ての感情の糸を断ち切った。
これもいらない感情だ。
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