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10.灰色
「大丈夫か?」
顔を覗き込んでくる。あれだけの行為をしたというのに汚れの一つも見当たらない。夢だったのではないか。そんな疑念すら浮上し始める。
「……灰色も状況によっちゃアリだな」
「…………?」
呟 きながらルーカスの乱れた着衣を整えていく。一方のルーカスは放心状態。温 く滑 った飴 のような余韻に思考も体も絡め取られてしまっていた。
「はぁ、……はぁ……」
虚ろな瞳で呼吸を繰り返す。
「……っ」
そんなルーカスを前に景介 は息を呑んだ。――が、直ぐに笑顔で塗り潰し、ルーカスの前髪、左右の上瞼 にキスをした。
「飯、出来たら呼ぶ」
景介の背が扉の向こうに消える。部屋に運ばれたようだ。暗い。やわらかい。ここはベッドの上か。息をついた刹那 ぼやけていたピントが急速に合い始める。
「~~っ、ううっ!!!!!!」
両手で視界を覆う。滑稽 であることこの上ないが、そうせずにはいられなかった。
あの様子からして景介に不満はない。むしろ満たされている。彼の生い立ちを思えば必然だ。与えることで愛を示し存在意義を見出しているのだろう。日常においても性交においても。けれど、未来永劫そうあり続けるという保証はどこにもない。
――いや、ないと思いたい。励む。そのための許しが欲しい。でないと自分はいつまで経っても弱いまま。景介と彼の家族を幸せにするという大望も果たせないままだ。
嘲笑 がどこからともなく聞こえてくる。鼻を啜 ると温かな醤油 の香りがした。
「……生姜 焼き。楽しみだな」
笑みが零れる。手の力を緩めると自身の胸元に目がいった。そこには灰色の――景介のセーターがある。
「~~っ!!!??? わわわわわっ!!!!」
顔が、全身が真っ赤になる。
「……ぬっ、脱いだりしたら、……でも、着たままってのも……しわになっちゃうし……うぅ~~~っ!!!」
固く目を閉じた後――徐 に起き上がった。チェストの上に置かれたリモコンを手に取り明かりをつける。照らされる灰色のセーター。袖 、襟 の順にゆっくりと体を離していく。
「よっ、よし……」
表、裏と汚れがないことを念入りに確認。商品さながら丁寧にたたみチェストの上に置いた。
――明日から頑張る。
内心で宣言という名の言い訳をして寝転ぶ。セーターに背を向ける格好で。長く、険しい道のりになるだろう。いや、そんなことはない。ぼやきと反論を繰り返しながら照明を落とす。暗闇に包まれてからもそれが止むことはなかった。やはり道のりは長く、険しいものになりそうだ――。
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