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序『とんでもないところに来てしまった』

「あ、あのっ、あのっ!」  僕は嫌な予感がした。すごくした。  まるで、まるで、巣に持ち帰られたような。  ドタンと押し倒されて、見上げればイケメン妖怪のニヤリ顔。 「あ、あの、ですね……」  これはアレだ。貞操の危機というヤツだ。  シロ、いや、士狼(しろう)さんも勘違いしているようだったもの。  ここはハッキリ言わないとダメなんだきっと! 「僕、オトコです!」  僕は(からす)さんの(からす)()()みたいに綺麗な青味を帯びた黒い眼を真っ直ぐに見て、声を張って叫んだ。  ハアハアと思わず肩で息をしながら、どうだっ! と顔色を(うかが)っていると、彼は一瞬瞠目しブハッと破顔(はがん)した。 「んなの見りゃ分かるわ」  ハハッと笑いを滲ませた彼は僕の頬にそっと触れた。 「え……?」 「『(さくら)神子(みこ)』を(はら)ませりゃあ一族は千年栄えるんだってよ。十五年前のガキん時は興味なかったけどな。……んな別嬪(べっぴん)に育つたあな」 『(さくら)神子(みこ)』? それって僕のことかな。  十五年前というと三歳の時だ。  僕が神隠(かみかく)しに()った頃。僕はここに来ていたの?  いや、それよりも。何を言っているんだろう。  (はら)ませるとか別嬪(べっぴん)とか、チョット待って。話聞いてた? 「僕はオトコだっ!」  カアァ――ッと顔を熱くしながらもう一度叫ぶと、彼は「関係ねぇよ」とやたらイケボで耳元へと囁いた。 「美味(うま)そうに育ったお前見て気ィ変わったわ。士狼(しろう)は熟れるのを我慢強く待ってたわけか。ご愁傷様。帰ってくるまでに先越してやる」  れろっと首筋をぬるりとしたものが這う。  生温かいその濡れた感触に僕は目を見開いた。 「わ、わ……なに……ひゃッ」  僕は慌てて首を竦めた。 「……んだよ、(うぶ)な反応しやがって。マジで未通女(おぼこ)かよ」  くくっと(からす)さんが悪そうな顔で愉しげに笑う。 「マジで経験ねぇの? 士狼(しろう)は随分気ィ(なげ)ぇな。俺ならフライングでも味見くれえしとくけど」  耳元で囁かれてビックリしてしまう。 「シロはこんな変なことしないもんっ!」  馬鹿にされたようで恥ずかしくて悔しくて僕は思わず叫んだ。 「シロ? ああ? 士狼(しろう)の話してんだよ。ずっと一緒だったんだろうが。本当に彼奴(あいつ)のデケェ魔羅(まら)、まだ突っ込まれてねぇのか」  ニヤニヤして全身を舐めるように見られて僕は目を見開く。 (え、ナニ? ナニを言っているの? まら? 突っ込む? 日本語でお願いします) 「てことは、俺が一番乗りだな。俺のオンナにしてやるよ」  気をよくしたように僕の顎を(すく)って頬を傾けたイケメン鴉天狗(からすてんぐ)を僕は力一杯突き飛ばした。  ドンっ! と両手で遥か彼方まで突き飛ばしたつもりだったけれど、彼は少し身体が揺れた程度で、ん? っと首を傾げた。 (あ、体幹しっかりしてるんですね) 「おっ、抵抗すんのか。いいねぇ」  (からす)さんの鋭い眼に獲物を狩るウキウキみたいな不穏な光が浮かぶ。  僕は恐怖に震え上がる。  この体格差。この腕力差。筋肉量ゼロのこの僕が、絶対に敵うわけがない。 「……あの、退いてくださいっ! 人違いですっ。僕は『(さくら)神子(みこ)』とやらではありませんし、子供も産めません! 男なので!」  イケメンに押し倒されたら誰でも喜ぶと思ったら大間違いだ。 「人違い……?」 「そうですよ」 「じゃあ証拠を見せろよ」 「はあ? 証拠?」 「ああ。『(さくら)神子(みこ)』は腹んトコに桜の(あざ)がある」  ドキンッ! と僕の心臓が跳ねた。 (え、嘘、それって……アレのことじゃ) 「どうした。顔色が悪ィな? あるんじゃねぇの、(あざ)」 「あ、りま……せんっ」 「おっと、逃がさねぇよ」  泣きそうになって逃げようとした僕の腕を捕らえて楽々と僕を組み敷き、両手首を片手でひと纏めに床に縫い止めると、ツツッと長い指先がシャツの上から僕の胸元をなぞった。 「や……め……ッ」  まるで導かれるようにゆっくりと下りていった指先が僕のおへその上でピタリと止まる。 「ひ……ッ!」  恐怖のあまり竦み上がる僕のシャツが引きちぎられる。  ビリィ……ッ! という布の裂ける音と同時に辛うじて留まっていた下三つのボタンが弾け飛んだ。  愉しそうに口角を上げる鴉天狗(からすてんぐ)。  露わになった僕のおへそ。  僕の(あざ)はくっきりと鮮やかにおへその上に五つの花びらを広げて咲いていた。  僕が知っている薄紅色(それ)よりもずっと濃く色づいていて驚く。 「あるじゃねぇかよ。嘘吐(うそつ)き」  至近距離で、青味がかった黒い眼が恐怖に(おのの)く僕の亜麻色(あまいろ)の瞳を映す。 「『(さくら)神子(みこ)を喰らわば百年長生きし、精を喰らわば若返り、嫁に貰わば一族は千年栄える』……か」  (からす)さんは納得したようにそう呟くと、僕の両手首を変わらず捕らえたままで下腹部にその端正な顔を寄せた。  そして、その花びらにれろっと舌を這わせる。 「ひゃ……ぁ、やら……、やめっ!」  僕は身を捩りながら泣きそうな声をあげた。 「『(はら)ませると一族は千年栄える』『体液であやかしの妖力が回復する』か。そりゃ狙われるわな」 (なんだその設定。盛りすぎだろ。冗談じゃないっ!) 「はな……し……て」 「そして、……(はら)んだら()()にその種族の紋様(もんよう)がすぐに浮き上がるんだと」  (からす)さんの舌が僕のおへその下へと移動し、ぢゅううっと強く吸い上げた。 「ひゃっ!」 「お前は俺達『四妖(しよう)』の誰かの印が出るまでずっと抱かれ続けることになるだろうなァ……」 「四妖(しよう)? よ、よにんもいるの……!?」 「ああ。俺と士狼(しろう)とあと二妖(によう)桜神界(ここ)で特に妖力が強い四妖(よにん)だ」 (と、とんでもないところに来てしまった!) 「や、やだ! 離してっ!」 「心配しなくても俺が最初で最後だ」  愉しげな(からす)さんの声と同時にズボンと下着を一度にずるりと下ろされて、僕は悲鳴をあげた。 「うわああぁぁ――ッ!」  僕の白い脚が大きく左右に開かれて、片脚が(からす)さんの肩にかけられる。  鴉天狗(からすてんぐ)が僕の内股を赤い舌で厭らしく舐めながら、わざわざ僕と視線を合わせて言った。 「お前が(はら)むまで何度だって抱いてやるよ」 「ひっ!」  やだ、やだ、やだ。  助けて、シロ――――ッ!

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