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14(完).スラム街の闇医者と落ちてきた片翼の天使・終②
エルメールがスラム街から、ヤクモの診療室から姿を消して三週間が経った。
「はーあ。ヤクモは相変わらずつれねーし、エルメールちゃんは国に帰っちゃったし、なーんかつまんねぇ」
「つまんねえなら俺の診療室から出てけよ、センジュ」
いつも通り巻き煙草を浮かせて長い前髪でその表情を隠したヤクモの診療室に、本日は夜型で有名な腐れ縁の隣人センジュが真昼間から遊びに来ていた。センジュは診療ベッドにごろんと寝そべって、ピアスだらけの耳をかっぽじっては『ふああ』と欠伸をしてみせる。
「に、しても……なんで急に、エルメールちゃん帰っちゃったんだよ?」
「言っただろ、あいつは良いトコの坊ちゃんなんだ。迎えが来た」
「迎えが来た、くらいであのこが、ヤクモから離れるもんかなー。だってお前ら、笑っちまうくらいイチャイチャ……ぐっっ!」
ドカッと、ヤクモの蹴りがセンジュの横っ腹に入ったのだ。センジュは暫く苦悶して、それから『っのやろ!』と言ってはヤクモの腕を引っ張って、腕っ節だけでスラム街を生きているだけあるその力で、すんなりヤクモをベッドに押し倒して見せた。
「おいセンジュ」
「そーやって誤魔化して、やっぱ寂しいんだろヤクモ? なぁ、その寂しさ、俺とのセックスで埋めようぜ???」
「ふざけんな。だから俺は、男を抱く趣味も抱かれる趣味も持ってねぇって、」
「エルメールちゃんは?」
「あいつはとくべ、」
言いかけて口元を抑える。何が『特別』だ。エルメールは人間には手の届かない大天使とやらで、神に寵愛されており、もうヤクモの同居人でも、セックスフレンドでも医療助手でもない。暫く黙っていると。『ニシ』と奇妙に笑ったセンジュがヤクモの衣服に手を掛けて、脱がせようとしてくるから抵抗する。
「やっぱり、寂しいんじゃねーか。なぁ、トんじまうくれー気持ちよくしてやっから、な?」
「うるせぇっ! 止めろ離れろ脱がすな男臭ぇ!!」
と、センジュとヤクモがじゃれて(?)いた時であった。その香りは唐突に、その、薬品臭い診療室に香った。ヤクモもセンジュも、それにはすぐに気が付く。
「んっ?」
「っと!!」
ドカッ、と、ヤクモがやっとの事でセンジュを蹴り飛ばす。乱れた衣服を直して白衣を身に纏っては、女の客かと診療室の扉の前に立つ。いいや、女の客か、なんて白々しい。ヤクモはこの香りを知っている。しかし、知っていた所でそれは信じがたいことであったから、(きっと女だ)と自分を誤魔化していたのだが、
「ヤクモっ! 戻りました!!」
診療室の扉が開くと絹のような金髪の、ヤクモと同じ位の背の尊い位美しい、天使がヤクモに思いっきり抱き付いてきたのである。
「!!?」
「エルメールちゃんじゃん、おひさー」
言葉を失って巻き煙草を地面に落としたヤクモと、意外な来訪にも呑気な、ヤクモの後ろに立ってピアスを弄っているセンジュ。そのめのまえに現れたのはセンジュの言葉どおり、三週間前となんら変わり無い、いつかヤクモがプレゼントしたスカーフで金髪を纏め、小奇麗な人間らしい服を身に纏ったエルメールであった。
「……エル?」
「ふふっ、驚きましたかヤクモ? 実は神が、ニコラに罰として御身のお世話と天界での僕の分のお仕事を課しまして、それで僕、無期のお休みをもらったんです」
「はっ?」
「んー? 神? てんかい??? 何の話?」
「センジュ、てめーは黙ってろ! エル、それじゃあお前、まさかまた、」
「はい。また、暫くずっと、ヤクモのお世話になりますね!」
良い笑顔でエルメールがそう言うのに、暫しヤクモの頭は追いつかず抱きとめたままでいたが、数秒後に気がつくとその口の端をあげて、それから『クク』と喉を鳴らした。
「へえ……俺の世話に、ねえ?」
「えっ、あれっ、駄目でしたか、ヤクモ?」
「駄目じゃねーよ、ただし、」
エルメールをすいっとお姫さま抱っこにして、それからセンジュを無視してはしなやかなエルメールの肢体を診療ベッドにねころがせる。前髪をかきあげてはその鋭い秀麗な目を露にし、キョトンとしているエルメールを見下ろしてから、ヤクモは言う。
「その世話代は、テメーの身体でしっかり払えよな、エル?」
「っっ!! ぼっ、僕はそんなつもりじゃあ、」
「ああ? 何言ってんだ、お前だって俺が忘れられなくて戻ってきたんだろうが」
「そ、それはそうですけど……」
「ああ、間違えた。『俺とのセックス』が忘れられなかったんだろ?」
「ちっ、ちがっっ……!!」
そうしていちゃつきだした隣人達に、センジュはまた仲間はずれを喰らっては『あーあ』といって後ろ手を振って『はいはい、お幸せに』と言って診療所から出て行く。
「今度は周到に人間に化けて来やがったなぁエル。つーかお前、『神』より俺の方が『凄い』っつってたもんな」
「あっ、えっ、え、僕、いつそんなことをっっ……神よ、誤解ですっっ!」
「今も神ってのは俺達を見てんのか? だったらその、神の前でお前のだらしないトロ顔さらしてやろうぜ」
「下品ですよ! ヤクモっっ、って、あ、ああ!?」
ヤクモはさっさとエルメールの人間らしい衣服を剥いでいく。エルメールの美しい肢体が露になって、あっという間に真っ裸になったエルメールが、重要な部分を隠すようにベッドの上で丸まって、『うぅ』とぐずつく。
「僕、天界で学んできたんです……あなたのような人間を、直結という、と」
「勉強熱心で良いこった、さ、ヤるかエル。今日も恋人ごっこがお好みか?」
「寒い、寒いですよう、ヤクモ、」
「すぐ熱くなるっつうの。それよりなぁ、質問に答えろよ、エル」
エルメールの耳元で熱く囁いて、ヤクモは人の悪い笑みを浮かべる。やっぱり、やっぱりヤクモは鬼畜です! エルメールはそう思ったが、そんな所もある、ヤクモの何よりの優しさをも知っているから。だからやっぱりエルメールはこの人間が愛しくて、愛しくて、だから次の台詞を放った。
「久しぶり、に、あなたとキスがしたいです……ヤクモ」
「仰せのままに? 大天使さん、」
何より甘い口付けが、甘くないこの世界で降り注いだ、とある世界のスラム街の出来事であった。
【スラム街の闇医者と落ちてきた片翼の天使・おわり】
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