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第8話
『後悔してるふうだった』
叶音が言った言葉で、たった今愛音の耳まで染まったピンク色が一瞬にして元よりも白に戻ってしまった。
愛音はまた下を向いてボソボソと何かを言っている。
「やっぱり…やっぱりそうだ」
愛音は自分の下唇をさわりながらその指で今にもつねりそうに「やっぱり」を繰り返し言った。
そんな愛音の様子を見て、叶音はしまった、とすぐに察しギュッと灰皿にタバコを押しつけ、火を消した。
「いや、違う違う!俺が言ってるのは、千乃さんが兄貴に対して言ったりしたりした事を後悔してるみたいって意味じゃないよ?」
叶音は椅子の上に胡座をかき両腕でテーブルに乗り出して愛音を覗き見て言った。愛音の箸がテーブルを転がる。
聞いているのか下を向いたままの愛音。
「嫁に来ないかって言われたんだ」
愛音は消え入るように呟いた。
「え?」
本当によく聞き取れなかった叶音は、もう一度愛音に聞き返した。
しかし「え?」と、聞き返した叶音の声は愛音の耳に入っていない。
「けどオレは男だし、男のくせにこんな…まともに仕事にも就けない…っ」
愛音はまたこめかみをくしゃっと掴む。
「だから、こんなオレじゃゆっくんのお荷物になるだけだって、オレはわかってたんだよ…?」
独り言なのか、愛音の頭の中だけで話は進む。
「ちょっ…、何言ってるかわかんないよ兄貴」
「母さんの事とか、ゆっくん知ってるから…オレがここに戻って来たことがこの家の負担になってて…もう既に叶音のお荷物になってる…っ」
「金の事?母さんの入院費なら大丈夫だよ?父さんの遺族年金あるし、医療保険もある。足りない時は俺が出せばいいんだし。」
愛音が言っていることの根本はよくわからないけど、愛音が自分自身を責めている事は叶音もわかる。
「お荷物じゃないだろう?兄貴は家の事一人で全部やってくれてる。金ぐらい俺が出さなきゃ、俺母さんに怒られるよ~。」
「…そうじゃない…」
愛音は下を向いたまま、こめかみを掴んだまま、また消え入るように小さく言った。
貯金がなければ、財布の中身も千乃から預かった"必要な時に使うお金"しか入っていない。
今の愛音にはもう、自分のだと胸を張って出せるお金は、一銭も無かった。
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