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第7話
ついこの間まで、残業で遅くなって帰っても千乃のマンションには明かりが灯っていた。
千乃の帰りを待ってくれる恋人がいたから。
恋人は、千乃の夕食を作り、洗濯物を片付け、部屋の掃除をし、仕事以外自分の身の回りに感心がない千乃がしない、出来ないことを補ってくれた。
閉まったままのカーテン。薄暗い冷たい千乃の部屋。
無機質にシンと静まりかえった千乃の部屋は今また、愛音と出会う以前のただ寝るためだけの部屋に戻ろうとしていた。
深夜零時を回ったころ、千乃はようやく帰宅した。温かい笑顔は今夜もそこに無い。
鍵を回す手は今夜も重い。
真っ暗な部屋の中へと進む足も足枷でもはめられているみたいに重い。
リビングの電気を付けると、千乃は帰りがけに買ったコンビニ弁当をダイニングのテーブルに乱雑に置いた。スーツの上を脱ぎながら居ないことは分かっている部屋の中を見渡し、キッチン、ソファー、ダイニングテーブルの千乃の向かいの愛音の席…と、愛音の姿を想う。
あの日を境に、愛音は千乃のマンションに来ていない。
『結婚しよう。』
あの言葉には嘘偽りない。愛音が欲しいと、ただ、側に居てくれるだけでいいと。
千乃の想いはそれしかなかった。
この先まだ愛音がうまく仕事ができなくても。
大丈夫だと、焦らなくて良いと、ただそれだけだった。
安易で言った言葉ではなかった。ずっと考えていたことだった。
言うタイミングも慎重に慎重に選んだつもりだった。
あの日、千乃からの突然のプロポーズに、愛音の返事はなかった。ただ驚き大きく見開いた愛音の瞳は次第に千乃の姿を消した。
愛音からのふたつ返事を聞くことが出来なかった千乃もまた、戸惑いを隠せなかった。
きっと愛音は喜んでくれると、そう信じて疑わなかった。
音信不通になってしまった愛音。
なぜあの時に、千乃は愛音の気持ちを聞いてやれなかったのか…。
あの夜のことを思い出しては、ため息を漏らした。
もう5日…千乃は今夜も一人、缶ビールを飲み味気無いコンビニ弁当を無言で食べた。
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