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晴れの夜、雨の夜 13

「東城さん!」 本庁のエレベータホール前を歩いていると軽やかなはずんだ声で声をかけられた。 見るとすごくかわいらしい女性だ。広瀬と再会した飲み会にきていた。えっと、名前、名前。頭の中のデータベースを高速で検索する。 「佳代ちゃん」 「はい。谷口佳代子です」と会釈された。そして「やっぱり」と言われる。 「なに?」 「覚えてなかったんですね」 「え?なんで?」 「ちょっと考えてたから」 東城は返事をためらった。そして、「0.3秒くらいだと思うけど」と言った。 佳代ちゃんは笑った。「覚えてなくてもいいですよ」 「いやいや。覚えてたにはいるよ、これは」そして、聞く。「ここには何で?」 「まあおつかいに来たようなものです」 「佳代ちゃん南宿署だったよな」 「はい。それも思い出して下さったんですね。よかった」そして腕時計を見る。「そろそろお昼の時間ですね。お昼ごはん」 「ああ、時間あるのか?ごちそうするよ」 佳代ちゃんは笑顔を浮かべた。 外に出て佳代ちゃんの希望にあわせ洋食屋に入った。彼女はずっとにこにこしている。 「一緒にご飯食べてるのみられたら、知り合いに紹介しろってうるさく言われそうだ」と東城は言った。「佳代ちゃん、美人で有名だもんな」 「東城さんにそう言ってもらえるなんてうれしいです」 「俺、正直だし視力もいいんだ」 佳代ちゃんはふふっと笑った。「そういう意味じゃなくて、いつも美人を見てるでしょうから、私なんてって思ったんです」 「え?」誰のことだろうか。美人。今のチームには女性はいない。職場外のことだろうか。 考えていると佳代ちゃんは違う話をはじめた。 「東城さん、最近、うちの管内の歓楽街に頻繁にこられてるそうですね。目撃情報がありますよ。もう1人、かっこいい人と一緒に歩き回ってるって」 先ほどの『美人を見て』というのはその手の店に出入りしているのを言っていたのか、と思う。 「ああ。もう1人って竜崎さんだな。ちょっと知りたいことがあって行ってるんだ。障子に目ありっていうことか。どこでみられてるかわからないな。行動には気をつけるよ」 「あやしい店にも行ってるらしいですね。SMクラブとかにも」 東城はうなずく。「日本一の歓楽街だから、複雑で、入ったら思ってたのと違ったってこと多いけどな」 「あのあたりに詳しい南宿署の生活安全の課の人知ってますよ。紹介しましょうか?」 「それは助かる。ぜひ、頼むよ」 佳代ちゃんはうなずいた。東城の連絡先を聞き、手帳を出して記入している。 「他にも必要なことがあれば言ってください。協力しますよ」 「ありがとう。できるだけお礼もするよ。こっちの情報で佳代ちゃんたちの役にたつものがあれば」 佳代ちゃんはいえいえ、という。「仕事のことはいいんです。それより、今度、食事か飲みにつれてってくださいよ。この前いなかった友達の子たちに東城さんに会ったっていったら、ずるいって言われちゃって」 「それは光栄だな。そういう会ならいつでも言ってくれよ。他にも誰か見繕ってつれてくし。竜崎さんは結婚してるから行くかどうかわからないけど」と東城はにこやかに答えた。 「広瀬くんは?」 「え?」 「広瀬くんは連れてきてもらえますか?」 東城は、肩をすくめた。「さあ、あいつはあんまり、そういうの好きじゃないんじゃないか、と思う。よく知らない。あいつのことは全然知らないんだ。佳代ちゃん自分で声かけたほうがいいと思うぜ」 佳代ちゃんは、じっと、東城をみている。なぜか冷や汗がでそうだ。 「仲直りしたんじゃないんですか?広瀬くんと東城さん」 「仲直りって、なんで、また」 「喧嘩してたんですよね、広瀬くんと」佳代ちゃんの目は穏やかだが、嘘は見透かしそうだ。 そういえば、と東城は思い出す。あの宴会の夜、みんながごちゃごちゃになってカラオケにむかっているなかで、東城は広瀬を探していた。帰った姿はみなかったのに、一団にもおらず、どこに行ったのかわからなくなったのだ。そうしたら、佳代ちゃんがそっと近づいてきて、教えてくれたのだ。 「広瀬くんなら、お店の奥にいますよ。お水もらって休んでます」そして、店に借りたという傘をわたしてくれたのだ。「そこで待ってたらそのうちでてきますよ。カラオケは行かないっていってたし」 そして、その通りだったのだ。 東城は、佳代ちゃんのことをちょっと不気味と思った。今も、何考えているのか、よくわからない。 「なんでわかったんだ?」と正直に聞いた。自分が広瀬を探していたことを。喧嘩をしていたことを。仲直りしたことを。 「それは、わかりますよ」と佳代ちゃんは微笑む。「だって、東城さんみたいなタイプの男の人が、前の職場の後輩があいさつに来てるのに、ビールの一杯もおしゃくさせないなんて」と回答をいった。「最初は、ものすごく東城さんは広瀬くんのこと嫌いなのかと思ったんですけど、私たちと話してても、広瀬くんのことばっかり見てるし。あんな目してたら、ばればれですよ、東城さん。で、話の中で、誰かが、東城さん最近つきあってる人に殴られたって話してたから、ああ、これは、と思ったんです。そして、今日、かまかけたら正直に認めるから」とまで言われた。 東城は、ため息をついた。「佳代ちゃん、怖いっていわてるだろう」 「まさか。誰からもそんなこといわれたことありません」と佳代ちゃんは言う。「そんなこと言う人は東城さんくらいですよ」 「本当かなあ」 そういうと佳代ちゃんは笑った。 ご飯を食べながらの会話は穏やかだ。佳代ちゃんは優雅に食事をした。 彼女はデザートまでしっかりと食べた。「私、彼のファンなんです」 「誰の?」 「やだ、広瀬くんのことですよ。交番のアイドル時代からずっと。実は、当時わざわざ交番に見入ったくらいなんです。ミーハーなんで。そういえば、今、大井戸署の美人刑事って呼ばれてるんですよね。確かに、誰が見ても美人」 「そんなに美人でもないと思うけど」 佳代ちゃんの方がきれいで可愛いといおうかと思ったが、なぜか怒られるかもと思いやめた。 佳代ちゃんは首を横に振った。 「いつも見てるから、見慣れすぎちゃってわからなくなったんですね。『美人は3日で飽きる』っていうのですか?」 さっき佳代ちゃんが言ってた美人って広瀬のことだったのか、とやっと東城にもわかった。 佳代ちゃんはごちそうさまと言って立ち上がった。「じゃあ、お願いしますね。飲み会に、広瀬くん連れてきてください」 「広瀬のことは、広瀬に直接言ってくれ。俺が何か頼んでも聞かないと思うから。佳代ちゃんが言ったら、あいつは来ると思うよ」と東城は答えた。 佳代ちゃんはそうですか、ではそうしてみますと言った。そして広瀬の連絡先を東城に聞くでもなく店の前で別れた。

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