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第2話

 彼は砂埃が付いたローブを軽く叩いてから、状況にそぐわない態度の自分のことを呆れた様子で見つめる赤毛の青年に笑顔を向けた。 「それにしてもすごいね。お兄さん強いんだ」 「強いんだ、じゃない。こんなとこに一人でいたら危ないぞ? あんた、魔法は?」  赤毛の青年は確かに魔物がこの場を離れたことを確認するために周囲を見渡し、その姿が完全に見えなくなっていると分かると大剣を背中に納める。青年はそれなりの距離を駆け抜け、その上で戦闘を行ったにも関わらず、今度は息一つ乱してはいなかった。その様子に白髪の青年は感嘆し、つま先から髪の先まで観察しだしたのに対して、赤毛の青年は小さくため息を吐くと、首を傾げながら白髪の上から額を人差し指でとんとんと突く。  先ほどの獣の魔物はさほど強いものではなく、攻撃的な性質こそあれど民間人でも十分相手出来る程度の魔物だった。特に火の魔法に弱く小さな火球でも尻尾を巻いて逃げるほど。複数いたとしても、彼くらいの、十代後半の年代の魔法ならば倒すことは出来ずとも驚かせて逃げることくらいは可能だったはずだ。あの魔物に対してあんなに危機的状況に陥っている人間なんて、初めて見た。 「うーん、出来たら手伝ったりしたかったんだけどね。ボク、魔法は少し苦手でさ」  白髪の青年は困ったような表情でそう言葉を返した。その『苦手』という言葉を聞いた瞬間、赤毛の青年の表情は途端に暗くなる。 「そう、なのか。悪い」 「あーでも、全く使えないってわけじゃないから! 気にしないで、ね?」  余計なことを言ったと、明らかに意気消沈して視線を落とすのを見て、慌てて白髪の青年が取り繕うような声を出す。端から見ると励ます方が逆ではないかと思うような状況。しかしここは二人きりの森の中。それを気にする人間はいなかった。 「……目的地は?」 「シーズだけど?」 「ん、いっしょだ。一人じゃ危ないし、送っていくよ」 「いいの?」  赤毛の青年は首に巻いていたマフラーを唇に触れさせ口元を覆い、伏せていた視線を上げる。その視線は自分より少し下にある白髪の青年に向けられ、気取るように柔らかく微笑んだ。先ほどの戦闘時の雄々しさが嘘のような穏やかな笑い方。思わず視線を奪われる白髪の青年に、黒い手袋をした左手が差し出される。 「おれはセイラン。少しだけだけど、よろしくな」 「はーい、よろしく。……セイラン、ね」  差し出した手が握り返される。名乗る直前、白髪の青年の様子が変わったことに、赤毛の青年・セイランは気づかなかった。  へらへらとした心底の読めない表情をしていた白髪の青年は、手を掴んだままふと体を寄せセイランに近づくと、セイランの赤紫色の瞳を深く覗き込む。桃色の瞳が射抜くようにセイランを真っすぐに見つめる。ほんの数秒後、セイランは心臓がドクと高く跳ねるような感覚を覚え、反射的に手を離し一歩後ずさりをしてしまう。それなのに鼓動は早くなる一方で、合わせて頭に、顔に熱がこみ上げ、指先が痺れていく。 「っ……あ、れ? っ、なんだ、これ……?」  また一歩足を後ろに引こうとするが、踵が背後にあった木にぶつかり、直後両足が震えて立つ力すら失っていく。ふらふらとその場に座り込んでしまうセイランの頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。まるで毒でも受けたかのような感覚。しかし、毒とは種類の違う熱が全身を満たしていく。認めたくない種類の欲が、理性を侵食している。  焦るセイランを、一つの影が覆う。見上げた先にあるのは、先ほどまでのへらへらとしたものとは違う、罠にかかった餌を見る獣のような雄の顔。思わず、ゾッとして顔が引き攣ってしまう。青年は細い白髪を揺らし、それすらもおかしそうに笑った。 「お兄さん、ありがとね。助けに来てくれて」 「な、なんで……」  体が動かせないのは魔法のせいか、それとも恐怖のせいか。すでにそんなことを考える余裕すら失ったセイランの前で青年は膝を折る。伸ばした手はセイランの口元にかかっていたマフラーを下げ、そのまま冷たい指先で顎に触れ顔を上げさせ、親指で唇をなぞっていく。その触れ方と、体を覆っていく熱の種類で、目の前の彼の目的が嫌でも分かってしまう。身の危険、というより貞操の危機を感じるには十分で、無意識に身を丸め足を閉じてしまう。  そんなセイランの仕草を見た青年は、黙って身を寄せ瞳を覗いてくる。視線から逃れようにも、顎を支えていた手が形を変え、顎と首を固定し押さえつけるものになっており、逃げることは叶わない。そもそも、セイランの頭に逃げるという発想がなかった。深く見つめてくる桃色から、何故か視線が逸らせず、欲が頭を埋めていく。

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