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第15話
セイランの足が思わず後ずさる。いつ気づかれた? いつ追い越された? 不気味な恐怖が、セイランの声を震えさせる。ここまで来て、初めてセイランはとんでもないものに目をつけられたことをようやく悟ることになる。
「なんてね、……ボクから逃げたんでしょ? 残念、生憎だけど、ボクはお前を諦めるつもりはないよ」
そう言い放ったルピナスの目があまりにも真剣で、セイランは言葉を失う。ルピナスがどういうつもりなのか、一切が理解できない。「諦めるつもりはない」とは何なのか。昨日出会って、まだ丸一日も経っていないのに。何がルピナスをそこまで執着させるのか。
「……でも、おれ、あんたといたら……」
「あぁ、そのことだけど。ボクと離れたところで解決しないよ。というか、もっとツラくなると思うけど?」
「……へ?」
「あれはね、セイランの体質のせいだよ。セイラン、魔法への耐性ものすごく低いでしょ? だからボクが昨日の使った先天術の効果が体に残ってるのさ。術が抜けきらない限り、定期的にいやらしい気分になると思うよ。ボクの術なんだから、その度にボクに犯されたくて堪らなくなると思うけど……、いいの? ボクとしないと、ずっとあのままだよ?」
ルピナスの口からすらすらと流れる言葉は、セイランを絶望させるには十分なものだった。あの術によって引き起こされた欲がどれほどのものか、もう嫌というほど知っている。ついでに、あの欲が求めたものがただの快感ではなく、ルピナスに与えられる快感を求めていたことも、知っている。誰でもよかった訳ではなくルピナスが欲しかった。
「解けない、のか?」
「無理だよ。セイランの体質の問題なんだから、そこまでいくとボクの制御の届く範囲を超えてる」
「……」
返す言葉がなかった。ルピナスの言う魔法への耐性については、セイランにも自覚があった。そのためルピナスの言うことが冗談ではないと分かるから。だとしても、あんな痴態をまた晒してしまう可能性があることを受け入れることは難しかった。この体を、あまり人に見せたくなかったから。セイランは、無意識にマフラーに触れ、唇を沈ませる。
「……ボクのこと、そんなに嫌い?」
「っ! ぁ、ちが……、」
「いいよ。嫌われるようなことしたし。これから好きになってもらうから」
セイランの仕草を離れたがっていると取ったルピナスが、寂しそうに首を傾げると、セイランは慌ててそれを否定しようと顔をあげる。対してルピナスはさして気にしていないというような豪胆な言葉を紡ぐ。しかし、その表情に微かに悲哀が残っていたことをセイランは見逃さなかった。
――自分のせいで、悲しませた。
直後、セイランの表情がみるみるうちに怯えたものに変わってしまう。はっとしてルピナスが駆け寄るが、それはすでに遅く、セイランはぶつぶつとうわ言を呟いていた。
「嫌いじゃない、嫌いじゃないよ。……おれは、おれには、そんなこと決める資格……」
「……あぁ、ごめんね。ボクが余計なこと言ったよね。……大丈夫だよ、セイランは、優しいね」
ルピナスはそんなセイランを優しく抱きしめる。自分よりも高い位置にある頭に向かって手を伸ばし、そっとセイランの後頭部を撫でた。その柔らかい手のひらに導かれるまま、セイランはルピナスの肩に頭を預け、そっと目を閉じる。
不思議な気分だった。ルピナスの手が、体温が、香りが、すべてが心地よくて。不安定に揺れていた精神が落ち着いていく。これも、先天術がまだ体内に残っているからなのだろうか。答えは、分からなかった。
「……どうして、あんたは、」
「うん?」
「……いや、なんでもない。……ごめんな、」
出会ったばかりのはずの自分に対して、どうしてルピナスはこんなに献身的で、かつあんなに執着しているのだろう。彼が何を考えているのか、淡い桃色が何を意図しているのか、それが全く読めない。
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