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第39話

 セイランが一番気にかかっているのはそこだった。いっそ、自分よりも近しい間柄のような気が、しなくもない。それがセイランの中で小骨のように引っ掛かり、飲み下せずにいた。  ……何故だろう。ルピナスとミハネの距離の近さを感じる度に、息が詰まってしまう。指先がぴりと痺れて、もやっとしたよく分からない感情がこみ上げる。それが何という感情なのか、セイランには分からなかった。そんなことを感じたのは、ルピナスが初めてだったから。 「ところで、私に何か?」 「いえ……ミハネさん、いつからおれのことセイラン『くん』って呼んでたっけな、って思っただけです」 「あ……、申し訳ありません、私としたことが……」 「あぁ、いえ! いいんです!」  セイランは適当なことを言ってはぐらかし、肩からかけていたバッグから地図を取り出すと、木々の隙間から差し込む月明かりを頼りに方角を確かめながら先を急ぎ歩きだす。二人が時間を稼いでくれたのだから、ここで自分が迷うわけにはいかない。思えば、ここまで手助けをしてくれた人に「なんで着いてきてるのか」なんて聞くのは、失礼だ。ミハネに聞きそびれたことはそのまま聞き返さないことにして、セイランは気を持ち直す。  本当は少し気を抜くとふらついてしまうこと、軽く力を込めるだけで半身が痛むこと。それらがルピナスとミハネに気付かれないように。セイランはそれがルピナスが忠告した「無理をすること」だとは、露も思ってはいなかった。そうすることが、セイランにとっての当たり前だったから。  そして空がほんの少し明るくなり、周囲の見通しがよくなる頃。夜通し森を進み続けた三人はようやく木々の間を抜け、舗装された道が遠くに見える開けた草原に出た。ここまで追っ手と遭遇することもなく、無事に振り切れたことを安堵するのも束の間、我慢を続けたセイランの体は遂に限界を迎え、その場で力なく座り込んでしまう。 「セイラン! どうしたの? どこか痛む?」 「う、んっ……ごめん、平気だから、行かなきゃ……」 「だめだよ、動いちゃだめ。辛いんでしょ? 汗すごいよ? ごめんね、気づいてあげられなくて」  素早くセイランに手を差し出し倒れる前にセイランを支えたルピナスは、重力に従い段々と落ちていくセイランの体をゆっくりと床に横たえ、自分の手を枕にさせる。寝転がっているのに目眩が酷く、視界がぐらぐらして視線が定まらない。歩くどころか、今は立つことすら出来ないであろうことは一目瞭然だった。ルピナスはセイランを気にかけながら、渋い顔でミハネと視線を交わす。  セイランはもう限界である。どこかで一度しっかり休ませなければいけない。しかし、今現在見えるのは草原と森だけ。近くの町に行こうにも、セイランの手配書がどこまで出回っているのか分からない。安心して一日休息を取れるのか、行ってから調査して駄目だった場合、この状態のセイランを連れて他の町を探して動き回ることになる。当然そんなことをしている余裕はない。 「……ミハネ」 「大丈夫ですよ。セイランくんが頑張ってくれたので、間に合ったようですから」  セイランには聞こえないように、ルピナスはミハネを見上げなら呟く。その声は普段のルピナスからは考えられないような幼い不安げな声だった。セイランには決して見せない、弱い表情。対してミハネはクスリと穏やかに笑うと、その視線をあげる。ルピナスもその目が見つめる先に顔を向ける。その先に見えたのは、魔物を使役し馬のように走らせている幌馬車が一台。遠くからこちらに向かって草原を駆けていた。

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