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第38話

 暗い森の中を走り抜ける三人の背後、追っ手が迫る。相手は有名ギルドの魔法使いである。そう簡単に振り切れないであろうことは覚悟していた。ルピナスとミハネは時折背後と、周囲の木々に向けて魔法を放ち、追っ手の行く手を阻む。相手の魔法使いたちの標的はあくまでセイランであるようで、放たれる魔法のほとんどはセイランに向けたものだった。セイランは飛び交う火球や足元を掬おうとする風を避けることで精一杯で、二人のように反撃する余裕はなかった。だというのに、ルピナスとミハネは人数差をものともせず、相手の五人を圧倒していた。  二人の魔法の威力は、明らかに常人を卓越していた。特に、ルピナスの使う魔法の威力はそこいらの魔法使いが可愛く見えるほどのもの。ほんの数秒間魔力を溜め、地を指した人差し指をくいと上に持ち上げる。たったそれだけで、ルピナスは直線状の地面を隆起させる。それは一部分だけでなく、ルピナスの正面、直線五十メートルほどを木の背を超えるほどの高さに一瞬で持ち上げ、その周囲を土埃で充満させる。  同時にミハネは自らが起こした風を回転させ、その場で竜巻を作りあげる。その竜巻はルピナスの魔法で舞った砂や石を巻き込み、小規模な砂嵐を生み出す。 「今ならこちらを視認できないはず、今のうちに身を隠しましょう」 「えー? 口封じしちゃだめなの?」 「だめに決まってるでしょう。本当に手配されてどうするんです? さ、これを着てもらっていいですか、セイランくん」 「え? あ、はい……」  あれだけの魔力を消費しておきながら、ルピナスもミハネもどちらも全く消耗していない様子だった。さりげなく理解できないことが増えて、セイランの頭の中が疑問で満たされる。  誰が、どこから見ても、この二人に護衛なんて必要ない。むしろ本当にセイランの方が二人に守られている。  ミハネは寝着のまま飛び出してきてしまっていたセイランに服を渡し、その場で手早く着替えさせる。最後にバンダナで目元を隠していた前髪を上げさせると、ミハネはその上から一枚ローブを背中から被せ、フードも被せる。普段ルピナスが着ていたものと同じローブ。違うのはサイズくらいで、あの高級そうな質感が肌に触れる。 「とりあえず、夜が明けるまでにこの森を抜けられるといいけど……、リンドウ? って言ったっけ? あのギルドがある町からは離れたいよね」 「あ、それなら……、おれ、月の位置で方角分かる、よ。リンドウは、ここから西南の方角にある。反対側に抜けるなら、北東に行くことになるけど……、森の深部の方に向かうことになるから、森から抜けるのが遅くなるかな……」  この辺りなら、まだ依頼でよく来る範囲内であるし、昨晩経路を練るために地図を何度も見たため地形は頭に入っていた。ルピナスはその情報を聞いて、「んー」と唸りながら何か考え込む。口元に手を当てながら、ルピナスはセイランの目を深く見つめてきた。ルピナスの視線は観察するようなもので、セイランは思わずたじろいだ。 「セイラン、体は平気? 結局宿でも休めなかったでしょ? 夜通し森を歩く体力ある?」 「え、あ、それなら、平気だよ。おれ、体が丈夫なことだけは取柄なんだ」  予想に反し純粋な心配を寄せられ、セイランは戸惑いながらも笑顔を作った。宿で十分に休めなかったことは、実際その通りである。ここ数日、普通に目覚めた覚えがないのと同時に、普通に入眠した覚えもない。セイラン自身はあまり自覚していないが、疲労は溜まっているのかもしれない。  だが、体が丈夫だというのは建前ではなく本音だった。人より体力はある方だし、動ける方だという自信はある。  セイランはまだ心配そうにしているルピナスの隣をすり抜けて、ミハネが持っていた荷物を受け取った。大剣を背負い、他の荷物を肩にかける。そして二人の前に立って、先を進もうと促した。ルピナスとミハネはさりげなく視線を交わし、それぞれセイランの左右について道が分かるセイランをサポートする態勢に入る。ルピナスはセイランの隣で小さく「無理だけはしないでね」と囁いた。セイランは肯定の意を持たせて、ルピナスに向けて笑ってみせる。それから反対側についたミハネを見て、セイランはふと首を傾げた。 「……あれ?」 「どうしたの?」 「そういえば、なんでミハネさんまで……」 「おやセイランくん、フードはもう少し深く被らなければお顔が見えてしまいますよ」 「あ、どうも……ありがとう、ございます……?」  ミハネはあからさまにセイランの言葉を遮り、にこにこと笑いながらセイランのフードをなおす。ルピナスが自分を手助けしてくれるのは分かる。初めて会った時からやけに馴れ馴れしかったこともあるが、それ以上にルピナスは自分について何か知っている風だった。それなりに深い関係も持っているし、先ほどのあの言葉のこともある。ルピナスがセイランに対し何か特別な感情を持っているのは、セイランにでも分かった。  しかし、ミハネに関しては一昨日出会って、依頼をされて、昨日少し旅をしただけの間柄。先ほどはそれどころではなかったから考える余裕もなかったが、そもそも何故あの場で店主かリンドウ側につかなかったのか。普通は、手配人だ、なんて言われたら、驚いて「自分は無関係だ」と言って助けを求めるものではないのか。ミハネはあの時、それと真逆の行動をした。  それに。  やたらと、ルピナスと親しげに見えるのは気のせいではない、気がする。

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