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第37話

 手配を現実のものと理解し始めたセイランの表情が、みるみるうちに絶望に染まっていく。耳を塞ぐように身を丸めるセイランに、ルピナスが寄り添う。震えさえしなくなったセイランを包み込むように抱きしめたルピナスは、そっとセイランに囁く。 「大丈夫、大丈夫だよ。ボクがお前を信じてるから、ボクはそばにいるから」 「…………」  青ざめてたセイランがゆらりと視線をあげ、ルピナスを見上げる。 「その男から離れなさい!」  何か会話をしていることを察知したリンドウの魔法使いの一人が、二人を引き剥がすためセイランに向け強風をぶつけようとする。が、その風は厚い火の壁によって阻まれる。魔法使いたちとの間を阻むように室内を二分した炎の向こうで、魔法使いたちが声を荒らげるのが遠く聞こえていた。 「ボクがお前を守るから、ボクと、逃げよう?」  炎を背にしたルピナスの桃色の瞳が、やけに明るく見えた。真っ直ぐにこちらを射抜く、強い炎を宿した瞳。セイランは黙ってその瞳を見つめ返す。不思議な気分だった。  ーー知ってる。  ーーおれは、この瞳を、知ってる。  まるで、ずっと前からそばにいたような、そんな居心地の良さ。それは、セイランの深い不安を、絶望を、かき消していく。  セイランはゆっくりとルピナスに手を伸ばす。それがルピナスの頬に触れる。……まで、あとコンマ数秒だった。  何かが爆発するような、言うなればドカーンと形容されるような、そんな爆音にびくりと肩を跳ねさせたセイランの手は止まってしまう。 「あ、申し訳ありま……」 「は? ミハネ? は? なんであと数秒待てない? え? お前そういうとこだよってボク何回言った?」 「ヒィィッ! だだだだだだってもう来ますよ! あー抜かないでください! 髪は有限なんですよ!」  それは、ミハネが壁を突き破るために放った魔法が立てた音だった。いつの間にかセイランの服や武器、荷物の類を持っているミハネは壁に大穴を開けていた。が、セイランの動きを止めてしまったことが気に食わないルピナスは立ち上がり容赦なくミハネの跳ねっ毛を掴みぐいぐいと引っ張る。  あまりの温度差に置いてけぼりにされたセイランはポカンと二人を見上げる。そうしていると、セイランは座っていた床が大きく揺れるのを感じた。炎の壁を突破することを諦めた魔法使いたちが、回り込んで来ている。 「もーミハネがアホなことしてるから来てるじゃん!」 「えぇ……その豪胆さ本当に羨ましいですよ……」  ルピナスはさっさとミハネから手を離して、セイランを振り返る。未だにへたり込んだままのセイランの正面に立ったルピナスは、セイランに向けて手を差し伸べた。 「行こう、セイラン」 「え、あ……、おぁっ!」  差し伸べられた手に、セイランはほんの一瞬戸惑ったような顔をする。その躊躇を押し切り、恐る恐る手を伸ばしていくと、ルピナスはその手を取って強引に引っ張った。そしてセイランを立ち上がらせ、ミハネの開けた風穴に向かって駆けだす。  正直、まだ微かに不安はある。覚えのない指名手配。それも国からの、大金をかけた生け捕り命令。もしかすると、これから世界中の人間から追い回されるのかもしれない。ここから逃げてどうなるのか、先は真っ暗で何も見えない。  三人は二階から飛び降り、風の魔法で緩やかに着地し衝撃と音を殺す。そのまま身を隠すため、宿の側の森の中へと走り込む。ルピナスは、セイランの手をしっかりと掴んでいた。絶対に離さないという強い意志がそこにある。  この手があるなら、大丈夫。  セイランの瞳は、暗闇の中で輝く白い光を見つめていた。  

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