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第36話
「くそっ、もう嗅ぎ付けたか……」
「さて、どういうつもりでボクのセイランにこんな真似してくれたわけ?」
多勢に無勢、人数差に店主たじろむ。だからといって逃がすつもりはない様子のルピナスが店主の視線を引き付ける。店主の憎々しげな視線は、ルピナスにも向けられていた。そして店主は、ふと懐から一枚の紙を取り出し、ルピナスに突きつけた。
「とぼけるな! 揃いも揃って、気付かれていないと思ったのか? これは今日の昼に回ってきた手配書だ! 大方これのせいで町にいられなくなって逃げてきたんだろ!」
「……手配?」
「…………」
店主が突き出した紙、それは一人の人物の姿見が載せられた手配書だった。キョトンとするセイランを尻目に、ルピナスとミハネの表情が曇る。セイランはそんな二人に気付かず、何かの間違いだろうと手配書に向けて目を凝らす。
「……お、れ?」
「あぁそうだよ。ギルド、ロベリアの構成員の一人、セイラン。お前を生け捕りにして国に突きだせば、報酬金が出る。それも百万マニー。お前が何をしたか知らないが、どんな金持ちでもお前を見逃すことはないだろうよ」
手配書に赤字で記された名前、それは間違いなく自分の名前だった。水からは解放されたはずなのに呼吸が苦しい。息が詰まる。信じられなかった。信じたくなかった。
赤紫の瞳が、動揺で震える。手配書には国印が記されていて、それが政府からの正式な指名手配であることを示していた。
生け捕り? 報酬金、百万?
思考が全く追い付かない。国がそこまでして捕まえたい手配人が、自分?
「……うそだ」
ようやく吐き出せたのは、そんな消え入りそうな声で。震えだすセイランの体を、ミハネがそっと支える。困惑するセイランとは対照的に、ルピナスとミハネは表情こそ眉間に皺が寄っているが、変わらず冷静だった。
「だから?」
「は? うぉっ!」
ルピナスがパチンと指を弾いた瞬間、店主が持っていた手配書に火が着き一気に燃え広がる。慌てて店主が手を離した手配書は、そのまま空中で灰になった。それは容易に見えて難しい魔法の使い方だった。自分の手の中にあるものではなく、距離のある位置にいる他人が持っているもの、それだけを燃やす炎。難しい火力の調整を遠隔で行う。それをやってのけたのは、ルピナスだった。
「セイランを捕まえるつもり? へぇ、面白いね。出来るものならやってみなよ。生憎だけど、ボクはもう、二度と誰にもセイランを傷つけさせる気はない」
ルピナスの強い瞳が、店主を射抜く。その力強さは、まだ対等な位置にあるはずの男をたじろがせた。束の間、お互いに出方を伺うような一瞬の静寂が生まれる。
その静寂を破ったのは、ルピナスの背後の扉を突き破る、轟音だった。
「な、……ちっ」
「き、来た!」
ルピナスは咄嗟にその場から飛び退き、扉を破った風を纏った轟火球を躱す。明らかに素人が使えない威力の魔法。ルピナスは舌打ちをしながらセイランとミハネの元に駆け寄る。
「あれです! あいつが手配にあった男です!」
「承知しております、ここは我ら『リンドウ』にお任せを」
店主はドタドタと扉を破った男たちの方へと走っていった。轟音に反応してようやく顔をあげたセイランの目に、こちらに、自分に向けて強い敵意を向ける五人の魔法使いの姿が映る。その全員が、明らかに素人ではない雰囲気を纏っていた。
「……違う、違う! こんなの、何かの間違い……!」
「潔白なら大人しく投降しろ。本当に間違いなら、そこで弁明するといい」
リンドウ、というのはここから最も近くにあるギルドの名前だった。正義を理想とするそのギルドは、悪には加担しないことで有名だった。そのリンドウが動いている、ということは、あの手配書は本物だということ。現在セイランは、国から公開指名手配を受けていることを示していた。
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