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第46話

 見渡す限りの本の山。どうやって取るんだと思うほど背の高い本棚。それが壁一面を覆っており、通路もすべて本棚で隔てられた空間。独特な雰囲気に包まれたここは、シャムロックの国立図書館である。噂の遺物はどうやら文書の類であったらしく、この国立図書館の方に運び込まれたと、町の入り口にいた適当な学者に教えられた。  幌馬車から降りる前に、二人はセイランのフードを深く被らせてセイランの顔を隠した。そうしてから運んでくれた御者に別れを告げて、早速図書館に向かったわけだが、町に入るや否や、三人は周囲への最大の警戒を強いられることになる。  セイランの手配書は、シャムロックですでに拡散されていた。町はその話でもちきりで、町の雰囲気も少し違っていた。それもそうだろう。セイランの罪状、その手配の規模。それらは昨今平和そのものであったこの国では数年ぶりの大きな事件だった。  シャムロックに着いたらどこかで休息を取ってから図書館に向かおうかと話していたのだが、この状況を目の当たりにした以上、セイランを連れて長居は出来ないということになり、一行は真っ直ぐに図書館に向かうことになり、今に至る。  セイランは吹き抜けの二階建て構造になっている図書館を入るや否や、その規模の大きさに驚愕することになる。これまで「本」というものとは無縁だったセイランが、図書館と呼ばれる場所に入るのは当然初めてのことであった。館内ではたくさんの学者や学生たちが本を抱えていたり、読書をしていたり、勉強していたりと静かな空気が満ちていた。そんな知的な空気にあてられただけで、ほんの少し頭痛がしてくる。あまりにも場違いすぎて、セイランとしては二人に任せて自分は外で待っていたいと思うほどだった。当然ルピナスがセイランを一人にすることを認めるはずはなく、セイランは嫌々ながら二人と共に図書館に入ることになった。  ミハネとルピナスは表に並んでいる本には目もくれず、奥へと進んでいく。目的は最近発見されたばかりの、古代の重要な史料である。当然誰でも手に触れられるような場所にはないだろう。そもそも、見たいと言って見せてもらえるような気もしない。しかし、ミハネとルピナスはこうも堂々としているのだから、何らかの策があるのだろう。と、セイランも二人の跡を追う。  本棚の迷路を抜けて向かう先。図書館の奥には厳重な扉と、屈強そうな警備兵が二人いた。セイランは思わず、身を隠すためにフードを引き、マフラーに顔を埋める。そんなセイランとは対照的に、ミハネは歩みを緩めず警備兵に向かって行く。そしてミハネは懐から一枚小さな羊皮紙を取り出し、警備兵へと差し出す。 「……よし、本物だな。そちらは?」 「私の助手です」 「ふむ……、」 「……」  警備兵の一人がルピナスを確認し、それからセイランへと視線を移していく。反射的に身を引きそうになるセイランの前に、ひらりとミハネが割って入り、その視線を遮った。 「一つ確認したいのですが、スカビオサで発見されたという遺物はすべてこちらに?」 「いえ、書物の類はこちらにありますが、他の遺物は王の命の元、王都へと運ばれました。昨日突然下された命であるため、知らなくても無理はありませんが……」 「おや、そうでしたか……、ないなら仕方ありません。書物の方だけでも調査するとしましょう。よろしいですか?」 「はい、では、よろしくお願いいたします」  警備兵たちはスッと左右に避け、道を開ける。ミハネは何を見せたのかセイランからは分からなかったが、警備兵は全くミハネを疑っていない様子だった。その効果もあって、セイランもさほど疑われてはいないようで、ロクに確認もされず扉の向こうへ通された。重厚な扉の向こう側で、その扉が再び閉まったことを確認してから、三人はそれぞれの安堵のため息をついた。 「さて、もたもたしている時間はありません。早速拝読させていただきましょう」 「えーっと? どれかなぁ」  価値のある重要な史料で満たされているらしいこの部屋は、外の一般図書のエリアとは完全に隔てられていた。当然外よりも規模は小さいが、保管のために湿度や温度が一定に保たれている。ルピナスとミハネは二人ともいつの間にか手袋をして史料を漁り出していた。  自分も何か手伝わないと、とセイランも並んでいる史料を見渡してみる。が、読み物として書かれているわけではない書物は表紙にも背表紙にも題の記載がないものがほとんどで、書かれているものがあっても、セイランが今までに見たこともない難しい単語で、未だに常用している語しか読めない、自分の名前しか書けないセイランには理解が出来なかった。それどころか、字は古代文字といったものでセイランには到底読めないものばかり。古代の書物なのだから当たり前ではあるが、セイランが自分は役に立てないと気落ちするには十分過ぎた。

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