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第47話

 早々に肩を落として離れていくセイランの背中に気づいたルピナスは、散らかしていた本のうちの一冊を手に取ってセイランを追いかける。「セイランセイラン!」と明るく声をかけ呼び止めると、セイランは素直に立ち止まり横から飛び出してきたルピナスに視線を向けた。やはりその表情は決して明るいとは言えないものだ。ルピナスは構わずセイランに向けて一冊の本を差し出した。 「セイランこれ分かる?」 「え、いや、おれは難しい字は読めない、から……」 「見てからいいなよ。これはね、まだ字のない時代に遺された壁画の写し画集だよ」  ルピナスはセイランに肩を寄せ、本を開く。その本に文字と読めるものは記されてはおらず、捲っても捲っても見たこともない絵の数々が描かれていた。ルピナスに改めて本を受け取るように促され、セイランは仕方なくローブの裾を手で持ち上げ素手で触れないようにしながら本を受け取る。開かれたままの一ページには真っ白い鳥のような羽根を宿した人間、と思しきものがドーム型の球状の円の中にいる絵が描かれている。 「……分かるって言われても……、そもそも二人は何を調べてるんだ?」 「言ってなかったっけ? ボクは古代の天魔戦争にて滅んだとされている天使について調べてるんだ。もっと言うと、天使が滅んだことによって滅んだ「天法」という魔法と相反する力についてだね」 「うー……んん? ミハネさんは、」 「よくぞ聞いてくれました! 私は先天術と天使の関連について研究しておりまして!」  ルピナスの研究内容がよく分からず、話を逸らすようにミハネの名前を出すと別の場所で文献を開いていたはずのミハネはいつの間にかセイランの隣にまで来ていた。急に張りのある声を出され、セイランは思わず一歩後ずさる。それを追うようにミハネは一歩踏み出した。 「ご存知ないセイランくんにお話しましょう! そもそも天魔戦争というものは……」  どうやら長くなりそうだ。セイランは諦めてミハネの話に耳を傾ける。ミハネは確かに話こそ長いが、内容は丁寧で分かりやすい、ような気がする。これまで誰にも聞けず、教わる事も出来なかった子どもでも知っている昔話。純粋に、セイランはその話に興味があった。  かつて、この世界は二つの種族が存在した。それが悪魔と天使である。悪魔、というのはこの世に生きる人間の先祖にあたり、魔法が使えるのは現代の人々が悪魔の子孫であるからだと言われている。天使の方は魔法は扱わず、代わりに「天法」と呼ばれる特殊な力を持っていたとされているが、その内容まではまだ解明されていない。  天使、天法が滅んだのは、今から数千年も昔に起きたとされる悪魔との戦争、天魔戦争に敗北したためである、というのが通説である。なんでも天使の使う天法は攻撃手段を持たず、守ることに特化していたと記述される文献が多く、結果的に「防御は悪、攻撃こそ正義。天使は破壊が出来なかったから敗北した」という考えが現代でも根強く残ることになった。  ――だから、魔法が使えないおれは、悪だったんだ。  ミハネの話を聞きながら、セイランは一人物思いに耽る。天使は滅んだこの世界、自分も悪魔の子孫であるはずなのに、どうして魔法が使えないのだろう。それはやっぱり、自分が出来損ないだからなのかな。徐々に曇り出すセイランの表情を観察していたルピナスが、セイランに隠れて爪先でミハネを軽く蹴る。 「あー……、で! 天使と先天術の関連なのですがね! 今回発見された遺物にその辺についての記載があった模様で! 早速解読しようってわけです!」 「なんでも、天使も一人一つ別々の先天術を持っていたらしい。天使の使っていた先天術に関する内容なんて、天使のことを調べてたボクが見逃すワケにはいかないからね」  気を遣っているとセイランに悟れないように、ミハネは話題をすげ替える。考え込んでいたセイランはそこに気づく余裕はなく、なんとか話について行こうと二人の話を聞いていた。天使と天法と、先天術。 「その言い方だと、天使の使う先天術は悪魔とは違うのか?」 「そりゃあね、先天術は魔法の発展系が多い。天法に攻撃手段はなかった。つまり、天使が使う先天術には、火や水といった攻撃系先天術はなかったということになる」 「といってもすべてが違うかは分かっておりません。我々が使う先天術にも攻撃系以外に精神や脳に作用するものがありますので、攻撃系は使えずとも我々のように記憶操作や意識操作、五感奪取といったものを使えた可能性はありますね」  少し聞いただけだったというのに、思っていた数倍の言葉が返ってきてしまい、セイランは自分で聞いておきながら静かに後悔する。セイランの知力ではもう理解が追い付かない。しかし、せっかく説明しようとしてくれているのにポカンとするのも申し訳ない気持ちがセイランの中で先行し、なんとか振り絞って相づちを打つ。 「なるほど、そんな先天術あるのか……」 「……おや? セイランくん、今回はまだ聞いていないのですか?」 「え?」  そんな適当な相づちに、ミハネがキョトンとした。思わぬ反応にセイランも首を傾げて固まる。セイランはこれまでの日々の中で様々な先天術を見てきた。先天術の中には確かに精神や脳に作用するものがあった。暴れないように硬直魔法を使われたり、助けを呼べないように声を奪われたり、それこそルピナスがやったように無理矢理に自分想定していない感情を与えられたり。記憶操作だってありはするだろうが、まだ見たことはなかった。記憶を操れるのだから、その記憶が消されているのかもしれないが。

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