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第64話

 研究所の内部は、薄気味悪い青白い光で照らされていた。どうやら窓ガラスが全て外から見えない特殊なものを使われているようで、そのガラスが青色である影響で室内も青く見えているようだ。研究所、というわりには天井が高くそんな青白い光と冷たい澄んだ空気感から神殿の中かと錯覚するような雰囲気。ルピナスたちによると、隠し通路の出入り口が研究所の深部、資料庫に繋がっているとのことだったから、ここは資料庫なのだろうとセイランは辺りを見渡す。  隠し通路の出入り口はその資料庫の隅で、台車に隠されていた。足音を殺して、前を進むルピナスをセイランは追いかける。研究所は物音一つしない。視界の隅で何かが動く様子もない。そんな中で、セイランは微かな違和感を拾っていた。何メートルも離れた位置でも、小さな気配で目を覚ますほどの人一倍気配に敏感なセイランだからこそ感じ取ったもの。自分に向けられている僅かな視線。  ふと、ルピナスが何かを見つけたようで進む速度があがる。ルピナスの目指す先には何かの器具で囲まれた実験台がある。その真ん中に、ガラスケースに入れられ様々な吸盤付きのコードが付けられた、この世のものとは思えない月の色を宿した白い石があった。 「っ、」  ルピナスはその石に向かって小走りで向かって行く。その瞬間、セイランの目は物陰で動いた黒を見た。それは、暗闇に紛れる人間の影。咄嗟にセイランはルピナスへと手を伸ばす。しかし、その手はルピナスのローブを掴むことは叶わなかった。 「な……っ! ぐ、ぅ……」 「せいら……、どこから……!」  セイランを襲ったものは重力の魔法だった。それが唐突にセイランの頭上から降り注ぎ、セイランは咄嗟のことに耐え切れず床に倒れ込んだ。まるで床に押し付けるような重みが全身を襲っている。顔をあげるどころか、やっと指先を震わすのが限界だった。セイランが倒れた音で何者かの襲撃に気づいたルピナスは素早く足を止め、辺りを見渡す。 「どうして……い、いつから、」 「……クソ野郎、アイツ……!」  ミハネの震えた声が、状況の見えないセイランに届く。次いで、ルピナスは憎々しげに言葉を吐き捨てた。セイランは全身の筋肉を無理矢理に動かして、顔を上に向ける。なんとか目を先に向けると、ルピナスが後ずさりしながらセイランを庇うように立っているのが見えた。  先ほどまで静まり返っていた研究所に、カツンと鋭い足音が響く。見渡さずとも分かる。すでに自分たちは包囲されていると、肌で感じ取れる。ギリと歯ぎしりをしたルピナスは、拳を強く握りしめ歩み出た男を睨みつけた。 「情けないものだ。我が嫡子でありながらこんな見え透いた罠にはまるとは……」 「へ……?」  低く重苦しい声は正面から聞こえてきた。セイランは思わず耳を疑う。よく似た別人だろうか。だって、そんなことがあるはずがない。  こんなところに父さんがいるはずがない。 「それを身代わりにして逃げるつもりだったのか? 舐めたものだな、お前の父たる私が天使と悪魔を間違えると思ったのか?」 「…………」 「まぁいい、わざわざ王都まで連れてくるとは、こちらの手間も省けた。おい、一度術を解け」  突然、セイランを覆っていた体を重みがフッと消える。側にいるミハネは恐怖と困惑で顔を歪ませている。目の前のルピナスはセイランの前に立ったまま微動だにせず、黙ったままだった。  セイランはゆっくり身を起こし、顔をあげる。ルピナス越しの向こう側には複数の人影があった。その中で、赤いマントを羽織った壮年の男が数歩だけ前に歩み出ていた。セイランは少しずつ視線をあげ、その男を見上げる。  冷酷で、冷たい目が、ジッとセイランを見据える。男の顔を見た瞬間、セイランは心臓が止まってしまうかと思うほど、ドクンと高く跳ねるのを感じた。嫌な寒気が、爪の先まで通り抜けていく。 「……父さん?」  忘れるはずがない。見間違えるはずがない。その人の存在は、いついかなる時も頭の片隅にあったから。だって自分は、貴方のために、どんなに苦しくても生きようとしたのだから。  目の前に立っていたのは、幼い日に記憶を失い一人で森を彷徨っていたセイランを拾った、ギルド・ロベリアのギルドマスターにして、セイランの養父である男だった。

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