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第66話
光の差さない、暗く冷たい牢の中。鉄格子で隔てられた向こう側にある松明の灯りだけが、セイランを照らしていた。セイランが目を覚ました時にはすでに、手にも足にも、黒く重い錠と枷が付けられていた。着ていた服も脱がされており、薄手のローブを一枚纏っているだけだった。バンダナも奪われていて、落ちてきた前髪が目を隠している。マフラーがないと寒くて、不安で落ち着かない。セイランは震える息を吐き出して、膝を折り抱え込む。鎖が肌に触れ、鉄のひんやりとした冷たさが自分が囚人であることを再認識させていた。
あれからどれくらい経ったのだろう。太陽も月も見えない牢の中では時間も分からない。ルピナスとミハネは、どうなったのか。何も分からない。痣だらけの体は軋むように痛い。体の至るところにあるガーゼにはまだ血が滲んでいる。何より、胸の奥が苦しくて仕方なかった。
父さん。
セイランはふと最後にギルドで見た養父を思い出す。数年に一度だけ帰ってきて、一日も滞在せずに出て行ってしまう養父。ずっと、マスターとしての仕事が忙しいからだと、信じていた。だが、それはセイランの勝手な思い込みだった。いつから裏切られていたのだろう。最初から、だなんて思いたくない。それなら、これまで必死に生きてきた意味は何だったんだ。何のために、手のひらに血を滲ませて剣を振り続けたというのだろう。
父さんに会いたい。会って、嘘だと言って欲しい。
湧き上がるのは暗闇だけ。すべてを失ったセイランに残されたのは、恐怖と不安だけだった。「大丈夫?」と声をかけてくれるルピナスは、もういない。ずっと独りでこの暗闇を生きてきたはずなのに。一度光を知ってしまったセイランに、この牢は暗すぎた。一人が不安で仕方ない。目覚めて以来、眠れない。
子どものように床の布団の上で縮こまり小刻みに震えていたセイランは、ガシャンという音にハッと顔を上げる。それからキィと錆びた金属の音が続き、次にはカツカツと軽い足音が牢に響きだす。誰かが、牢獄の戸を開け入ってきた音だと、セイランはすぐに気づく。そして、音に敏感なセイランは気づいてしまう。これはルピナスでもミハネでもない、別の誰かの足音。
牢を進む足音は真っ直ぐにこちらに向かっている。セイランが目覚めて以降、この牢は物音一つしなかった。そのため、この地下牢のフロアにいるのは自分だけだとセイランは悟っていた。だから、この足音が目指す場所は、たった一つしかありえない。
足音が、セイランの牢の前で止まる。セイランは膝に埋めていた顔を、少しだけそちらに向け、訪れた人物に視線を向ける。だが、それが誰か分かった瞬間、セイランの表情は不安から怯えに塗り替えられた。牢の前にたった人物は、怯え切ったセイランを見ると頬を吊り上げ愉快そうに笑う。
「よぉ、あの時はよくもまぁ水を差してくれたなぁ?」
「な、なんで、あんたがここに……!」
下品な顔でセイランを見下した男は、数日前、ギルドの裏でセイランを凌辱しようとしていた男だった。想像だにしていなかった再会に、セイランの情緒は混乱と恐怖が混ざり不安定に揺れ始める。男はセイランの問いには答えず、手に持っていた鍵束でセイランの牢の鉄格子を開くと、当然のように中へと押し入った。思わず後ずさっていたセイランは、近づいてくる男に言いようのない恐怖を覚え青ざめる。まだ痛みのある体に鞭打って、逃げ場もないのにセイランは錠のついた両手で床を這って逃げ出すことを試みるが、そんなことは叶うはずもない。男は容赦なくセイランの後ろ髪を掴むと、床に押さえつける。
「いっ……だ、ぁッ」
「あの時の続き、しようや。なぁ?」
まだ痛みの残る頭部に衝撃が加わり、激痛が脳から体に伝わっていく。セイランの苦痛で歪む顔を面白そうに眺めた男は、セイランの体を仰向けに返し、唯一纏っていたローブを素手で引き裂いた。体に残る複数の暴力の痕。殴られ蹴られ切られ刺され焼かれ、散々傷つけられた記憶がセイランの中で甦る。呼吸が落ち着かない。息が苦しい。
男はポケットから瓶を取り出すと、その液体をセイランの体に引っ掛ける。それは下腹部から下、陰部の周囲を濡らしていく。適当にかけられたせいで、腰骨付近にある擦り傷にドロドロとした液体が触れている。ろくな手当てもされていない傷に液体が染みて、痛みへの反射でびくびくと体が跳ねてしまう。
男の手は、腹の上でその液体を伸ばすと適当に後孔に擦り付ける。男の手はそうして菊門を指の腹で遊ぶだけで、すぐに手が離される。瞬間、セイランの頭に冷えた恐怖が過る。
そうだ、この男は、慣らしてくれたりなんてしない。ルピナスのように、押し広げるなんて真似してくれるはずがない。慌ててセイランは上半身を起こそうとするが、その前に後孔に熱いものが触れる。セイランは今度こそ本気で青ざめる。
「ま、まって、まだ、ま……だぁッ!」
「まだじゃねぇよ。こっちはお前があの時最後までやられなかったせいでずっと燻ってんだよ」
固いものがまだ受け入れる準備をしていない体を強引に押し開いていく。内壁を割く感触がダイレクトにセイランの肌に伝う。前戯もなしに突っ込まれるのなんて、初めてじゃない。だが、このひりつく痛みになれるはずがなかった。
「いたい……、ぃたッ! いたぃ、っ!」
「あぁ、いいね。お前ガバガバなんだからこんなもんでいいだろ」
男はセイランが泣きながら叫ぶのを面白そうに見下ろし、ガツガツと体を貪っていく。ルピナスとの優しいセックスを覚え始めていたセイランには、その行為にはもはや恐怖しか覚えなかった。今すぐに蹴飛ばしてやりたいが、蹴った後への恐怖が強すぎて足が動かない。
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