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第71話

 彼は戦争の道具ではない。自分と同じ、愛を求めた悲しいひとりぼっち。王なんて、魔力や天力なんて関係ない。自分は、自分の道を生きる。愛した人を、大切な人を守るために強くなる。  決意の炎がルピナスに宿る。その炎はこんなに弱りきった状態から出せるとは到底思えない程の火力だった。炎は鞭のようにしなり、ルピナスの背後から何本も生えてくる。据わった瞳が扉を見据える。しなった炎が、扉に振われる。その瞬間。 「おわぁぁぁぁッ!!」 「は? うわぁっ!」  窓の外から馴染み深い絶叫が聞こえて、そちらに気を取られる。窓の外に見えたのは白い塊がこちらに突っ込んでくる光景。ルピナスが呆気に取られるのも束の間、窓の向こうの白い毛玉はそのまま窓ガラスを突き破った。けたたましい音を立てて部屋に着地したのは、あの時放したはずの、セイランによく懐いていた白い生物だった。 「お前……」 「アタタタ……ッ、あ、坊ちゃん!」  その背中から顔を上げたのは、ミハネだった。ミハネはルピナスの姿を認めるとすぐさま背中から飛び降り、ヨタヨタとルピナスへと走り寄った。あれからずっと動き続けていたのだろうミハネは憔悴しきっていた。しかし、ミハネの顔の蒼白の理由はそれだけではないと直感で察する。嫌な予感がする。胸がうるさい。 「セイランくんがっ……!」  ミハネはここに来る前に地下牢で見て来たことを手短にルピナスに伝えた。ストリキに辱めを受けたこと。見ていられないくらい泣き叫んでいたこと。セイランが、真実を与えられたこと。ミハネが、何もできなかったこと。 「私が、私が優秀な魔法使いでなかったばっかりに……私はあの場から逃げ出したのです。あんなに……、あんなに何度も助けを求めていたセイランくんを見捨てて、私は……!」 「……、ミハネ」  ミハネは青ざめたまま震えていた。そんな光景見せられたら、誰だって恐怖を覚える。ミハネの判断は、恐らく間違ってはいなかった。一般の魔法使いよりは強いが、ミハネの実力ではストリキには敵わない。その場で飛び出していって、捕まってしまうよりは良い選択だった。だが、それでも目の前で恐怖に怯えるセイランを置いてきたことはミハネに強い負担を与えた。 「……見捨てたなんて、言わないで」 「坊ちゃん……?」 「まだ、終わってない。今からでも遅くない! 後悔する前に行動しろって、ボクに教えたのはミハネだ!」  ルピナスはミハネの胸ぐらを掴んでぐいと引っ張る。桃色の瞳の奥では、憤怒の炎が燃えている。ミハネの話はルピナスにも衝撃を与えていた。それが少し前の話というのだから、今セイランがどんな状況なのかは分からない。「そんな……」と肩を落とすのは容易い。しかしそんなことをしていてもセイランには何も届かない。一縷でも、セイランを救える望みがあるならば。今もどこかで泣いているセイランの元へ、一分一秒でも早く。  ルピナスの言葉で、ミハネは目を見開く。目の前には愛する人のために必死になる男の姿がある。知らない間に、こんなに大きくなっていた。少し前まで、幼い子どもだったというのに。 「……フルルッ」 「乗れって? そうだよね、お前もセイランを助けたいよね」  ルピナスの腕を咥えて引っ張った白い生物は小さく嘶く。ルピナスは導かれるままに背中側に回ると、柔らかい背中に乗り込んだ。それを確認すると、入ってきた窓側へと歩を進めていく。ルピナスは飛び降りる前にチラと背後のミハネを一瞥する。ミハネはその場に立ち尽くしたまま動かなかった。  トッ、と軽い踏み切りの音だけ残し、部屋の中にミハネを残し、ルピナスはその場を後にする。残されたミハネは、荒れた部屋の中で長らく使われていないダブルベッドへ視線を向ける。 「私だって、もう、後悔なんてしたくないですよ……」  在りし日の記憶が、ミハネの脳裏に蘇る。静かな風は、まるでミハネを撫でるかのように優しく髪を撫でていった。

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