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第72話

 ルピナスの部屋は城のかなり高所、五階にあった。ルピナスは自分を背に乗せる白に指示を出し、あちこちの城の屋根を伝い、地下牢へと誘導する。先ほどルピナスの部屋破った際の轟音のせいか、地上が騒がしい。こちらの姿を捉えて攻撃されるまでは時間の問題だろう。それまでにセイランの姿を捉えたいルピナスは少々無茶な勢いで地下牢へと走らせる。高低の動きや、素早さでルピナスの体も揺れ、気を抜けば振り落とされそうになるが、背にしがみついてなんとか堪える。  そうして最短で地下牢にルピナスたちはたどり着く。ルピナスは魔法で鍵を破り、強引に地下牢へ入り、セイランの姿を探す。ミハネの話的に、他の囚人の目の届かないところにいるはずだ。誰にでも聴こえる位置であの話をするはずがない。ルピナスは最深部に目をつけ、階段を飛び降りるようにして下っていく。  辿り着いた最深部には、予想通り他の囚人の姿はなかった。しかし、同時にセイランの姿もなかった。だが、最奥の部屋に残った痕跡でここにセイランがいたことをルピナスは察する。つい先程まで燃えていた様子の松明。周囲に残る、汗と、性の匂い。開け放たれた牢と、少量の血がついたシーツ。そのシーツは上で誰かが暴れたように乱れ、濡れた染みを作っていた。  牢を焼き尽くしたくなる衝動を抑え、ルピナスは血の上った頭を落ち着ける。セイランはどこに連れて行かれた? 牢獄ではないどこか。どこだ。考えろ。  ストリキが今セイランから目を離すとは考えにくい。手配してまで手中に納めたかった。それを容易く奪える位置に置くはずがない。それならば、ストリキがいそうな場所。そこにセイランはいるはずだ。それは、どこだ。ストリキの自室? 研究所? それとも。 「きゅっ!」 「? どうし……っわぁ!」  側にいた白い頭が急にルピナスを引っ張る。そして体のバランスを崩させ、倒れ込む先に自分の体を持ってくるとルピナスを背中に乗せて走り出した。ピョンピョンと一気に階段を飛び上がり、地上へと登る。それから白い生物は、真っ直ぐにどこかへ向かって走り出した。目指す先は、城の中枢、最上階。玉座の間だった。  外側から壁を蹴り、屋根を踏み台にし、上を目指していく。難なく最上階のバルコニーに辿り着いたルピナスを背に乗せた白い魔物は、バルコニーから城内に入る。目の前に広がるのは左右に伸びる廊下と、下へと続く階段。そして、玉座の間に繋がる重厚な扉だった。  セイランがここにいるといいたいのだろう。ルピナスは背中から降り、自分の足で扉の前に向かう。扉に手をかけると、ルピナスは肩を当てて重い扉を全身で押し開く。扉はギギギギッと軋む音を立てながら、内側に開く。  扉の先には長い廊下が広がっている。ルピナスは玉座の間に身を滑り込ませると、廊下をなぞるようにして視線をあげた。 「セイラ……ン?」  部屋の奥、一つだけの玉座の前。そこには、探していたセイランの姿があった。こちらに背を向けて立つセイランの向こう側にはストリキの姿も見える。  咄嗟に名前を呼ぼうとしたルピナスは、その背中に違和感を覚えた。セイランが纏っている雰囲気が、あまりにも変わりすぎていた。 「ちょうどいい。ほら、それに見せてやりなさい」  笑み混じりの耳障りな声が、広い空間で響く。セイランは、静かにこちらを振り返った。  そのセイランを見て、ルピナスは絶句する。  裸足の足の間は、まだ濡れた液体が伝っていた。ローブを一枚纏ったセイランの瞳がこちらを見ている。その目に、生気を感じなかった。そんなセイランの首についた黒い紋章。  それを見た瞬間に、さっと血の気が引く。あの魔法は、駄目だ。魔法の中でも最上位に位置する、禁術。完全に隙を見せたものにしか通らない、ある魔法。傀儡術だ。 「セイラン……? うそだよね……?」  ルピナスの言葉に、セイランは眉一つ動かさない。紋章、所有印をつけた相手を己の傀儡にする魔法。あれが禁術と言われる理由。それは、死ぬまで解除できないからだ。  だから、あの術は完全に気を許している相手や、隙を見せられる相手にしか通らないはず。それが、セイランに通ってしまっている。それは、つまり。  セイランの心が壊れてしまったことを指していた。

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