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第1話

小学部4年生の頃の話だったと思う。 音楽の歌のテストで習った範囲にある歌をどれか1曲、クラス全員の前でソロで歌わなければいけなかった。 「俺、この曲にする!!歌詞がカッコイイじゃん!!」 そう言って春楓が選んだのは、『われは海の子』という曲だった。 浜辺で力強く成長する男の子の歌。 強くて優しくてカッコイイ春楓にぴったりの曲だなぁと思った。 「僕も同じにする!!春楓、一緒に練習してもいい?」 「おう!一緒に練習しようぜ、春翔!!春希は?」 春翔に先を越されたと思った僕は、 「ぼ…僕も一緒に練習したいから同じにする!!」 って慌てて言った。 「じゃあ、家でも練習出来るように先生に楽譜コピーしてもらおうぜ!!」 「「うん!!」」 大好きな春楓の一声で決まった曲。 ぼくは春楓のお陰で楽譜をもらう事が出来、ピアノの練習曲の他にその曲の練習もする事にした。 ……………………………………………… 「春希、まだピアノ弾いてんのか。もう寝る時間じゃねーのか?」 当時、父はまだ現役で僕の家は今よりも狭く、ピアノも居間に置いていた。 仕事でほとんど家にいない身体の大きな父が怖くて、僕は自分から話しかける事はなかった。 「ご、ごめんなさい、お父さん。来週、歌のテストがあるから練習したくて……」 「お、テストか。頑張ってんだな、春希。で、何の曲を歌うんだ?」 父が大きな手で僕の頭を撫でてくれる。 この時、父は稽古中に怪我をして夏場所を休場し、家と病院とを往復してリハビリ生活を送っていた。 「『われは海の子』だよ」 「へー!!こりゃ運命だな」 父はとても嬉しそうな顔をする。 「俺、この曲が大好きなんだ。春希、お手本見せてやるからピアノ弾いてくれねーか」 「う、うん……」 僕が伴奏を弾き始めると、父はその低くてよく通る声で歌い始めた。 浜辺で力強く成長する男の子の歌。 その強さと厳しい取り口から赤鬼という異名を持ち、大横綱赤城山としてその名を知られている父もまた、この曲がぴったりだと思った。 3番まで弾いて伴奏を止めると、突然父に怒られる。 「春希!この歌は7番まであるんだ、早く続き弾け!!」 「は、はい……」 すぐ荒っぽい口調になる父が怖くて、僕はすぐにピアノを弾く。 教科書には3番までしか載っていないし、歌うのは1番だけなのに。 そう言いたかったけど、怖い父を相手に言えるわけがない。 7番まで歌い切った父は満足そうな顔をして、僕にこの歌がどうして好きなのか話し始めた。

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